花咲かすおじさん

グリーンヒルに移ってから、薔薇を中心とした庭を造り、一年中花が咲いている庭を目指しています。ブログには庭を中心とした花や、旅ブラで撮影した画像をデジブック等で紹介しています。庭もブログも花いっぱいにしたいと思います。

小田原 「だるま」で昼食


2018.9.11 

岡田美術館を出て、昼食時間になり、途中適当な所をと探しつつ、結局小田原の「だるま」まで行きました。

湯本で渋滞に会い、小田原に着いたのが午後二時なので店が開いているか心配しましたが大丈夫でした。午後ニ時にもかかわらず、店には多くの客がいました。


明治26年創業の「だるま」の玄関です。唐破風屋根を持つ母屋は大正の関東大地震で倒壊したので再建した建物です。
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登録有形文化財に指定されている建物です。
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玄関横には「だるま」と「お多福」の像が置いてありました。
料理店「だるま」という屋号は、料理店を創業した店主の名前が達磨(たつま)仁三郎で、達磨大師の縁起にちなんで屋号を「だるま料理店」したとのことです。

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店内の天井は格子天井です。
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「だるま」はごま油で揚げる天ぷらで有名です。
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だるまのHPは下記です。
だるまのHP


四季倶楽部彩香に泊まる
岡田美術館
岡田美術館庭園
小田原 「だるま」で昼食









岡田美術館庭園


 2018.9.11

雨が止んだので岡田美術館の庭園を散歩することにしました。
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坂道を登っていくと「湯雨竹(ゆめたけ)」という装置がありました。
高温の源泉を短時間で冷やす装置です。
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雨粒状の源泉が竹を流れ落ちていました。
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竹を伝わって落ちてきて温度が下がった源泉が集められた桶です。
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以前この場所に立っていた旅館「開化亭」の名前を引き継いだ和風レストランです。
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庭園は有料ですが、上の庭の渓流が崩れて立ち入り禁止だったので無料で前庭に入ることが出来ました。
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森の庭園という感じでした。
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庭園の写真はデジブック・フルウインドウで御覧ください。



ipad、chrome等上画像から見られない方は下記URLから御覧ください。
岡田美術館前庭



つづく・・・
小田原 「だるま」で昼食

四季倶楽部彩香に泊まる
岡田美術館




岡田美術館

2018.9.11

強羅に宿泊した翌日、小涌園傍に新しくできた岡田美術館に行ってきました。

駐車場に車を停めて、美術館に向かいました。
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正面に大きな風神雷神の絵が掲げられています。

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風神雷神の絵の前は足湯となっていますが、有料です。
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風神雷神の先が美術館の入口です。
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岡田美術館は明治時代の旅館開化亭の跡地に建てられたのです。この敷地の隣の三河屋旅館は健在でまだ営業を続けています。
岡田美術館の建物は正方形に近い建物で5階建てでした。

岡田美術館はパチンコ機やスロット機の大手メーカーのユニバーサルエンタテイメントの創業者岡田和生が収集したコレクションを展示しています。
主に中国、韓国、日本の陶磁器が古代から現在にいたるまで展示されているのが中心で、日本画もあり、田中一村と伊藤若沖の鶏の絵が特別企画として展示されていました。
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美術館内は撮影禁止でスマホ、携帯も持ち込めず、コインロッカーに預けることになります。お金は後で戻るコインロッカーです。そして入場時、飛行機の手荷物検査機のような機械でチェックされました。

館内は壁はもちろん、天井も床も黒塗りで、作品はライトで照らされ浮かび上がる仕組みでした。
5階建てで広く、見て回るのに2時間かかりました。

つづく・・・
岡田美術館庭園

四季倶楽部彩香に泊まる




四季倶楽部彩香に泊まる


2018.9.10 

リーズナブル料金5000円/泊(別途希望に応じて夕食2500円、朝食500円)で泊まれるホテルとして話題になっていた四季倶楽部に試しに泊まってみました。
四季倶楽部は誰でも泊まれるホテルです。企業の保養所の運営を譲り受けて運営している倶楽部です。

家から40分で行ける強羅の彩香という施設に泊まりました。

ロビーです。
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ネットでの申し込み時、洋室希望にしました。
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夕食の飲み物はグラスワインが無く、ハーフボトルを注文しました。
夕食は豪華ではありませんがコストから考えると充分満足できました。
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あと、デザートがありました。

翌朝の食堂からの庭の風景です。
朝食は和食のビュッフェで、勿論温泉卵がありました。
コーヒーがあったのは嬉しかったです。
隣のテーブルは男性1人と若い女性4人のグループでゼミ旅行のようでした。
二日共雨で庭には出られませんでした。
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部屋が1Fだったので、猫が来て座り込み物欲しげでした。
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写真があまりないのでYou tube掲載の動画でホテルを見て下さい。


気楽に泊まれる宿で、一人で二泊している若い男性がいました。

つづく・・・
岡田美術館




リコリスの丘


2018.9.19 

南足柄運動公園のリコリスの丘に咲く彼岸花を見に行ってきました。
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運動公園マップの左側の斜面二段に彼岸花が植わっています。
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丘の上からの景色です。
写真をクリックすると拡大します。
合成(1)

丘の上は芝生の広場です。アスレチック遊具もあります。
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睡蓮の池が見えています。時期は過ぎていますが所々花が咲いています。
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多目的広場
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野球場。この他テニスコートが8面あります。
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富士山の宝永大噴火で水が飲めなくなった時期に運動公園付近に住む人々が掘った横井戸が有りました。一般的に井戸というと縦に穴を掘る竪井戸ですが山の斜面を横に掘り水を得た井戸を横井戸といいます。
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写真をクリックすると拡大し横井戸の説明が読みやすくなります。
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リコリスの写真はデジブック・フルウインドウで御覧ください。


ipad、chrome等上画像から見られない方は下記URLから御覧ください。
リコリスの丘



彼岸花 咲き始める


2018.9.16

厳しい暑さもやっと和らぎ、ひと雨ごとに増す涼しさに誘われて彼岸花が咲き始めました。

雨上がりの庭の彼岸花
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散歩の途中、小さな祠の周りで咲いていた彼岸花
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自然観察・真鶴−3 真鶴水族館跡


2018.9.8

ケープ真鶴バス停付近にベンチが一つありました。映画「昼顔」に使われたベンチで、ここで撮影されたそうです。そのベンチに主人公上戸彩と斉藤工のサインを書いて貰った上で寄贈されたそうです。
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サインはベンチにビニールシートが掛けられよく見えませんでした。
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しばらく車道を歩き、真鶴水族館跡がどうなているのか見に行きました。
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入江へと下りて行きました。
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葉が根元近くまで出ているシダです。名前を忘れましたが珍しいシダです。
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我が家にもあるよく見るシダです。上の写真と見比べて下さい。
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ナガヤブ(?)
DSCF7883ナガヤブ

ユズリハの若木
DSCF7886ユズリハの種類

斑入りのシダ類マツザカです。
DSCF7887マツザカ

トベラ
枝葉は切ると悪臭がするので、節分にイワシの頭とともに魔除けとして戸口に掲げられました。そこから扉の木と呼ばれ、それがなまってトベラという名前になりました。

DSCF7889トベラ

ハリギリ(針桐)
幹にトゲがたくさん出ています。トゲにない種類もあり、大木になる木です。若芽はタラの芽に似ていて食用として使われます。しかし苦味等あくが強いそうです。
DSCF7891ハリギリ


台風に襲われた跡は凄まじいです。
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入江です。シュロの木や南国の木が周囲に有りましたが、以前、近くにサボテン園があったのでその種が落ちて育っているようです。
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現在、水族館の建物は全くなく、基礎が僅かに残っているだけだした。
神奈川県水族館史によると1957年(昭和30年)または1959年(昭和32年)開業した私立水族館だったそうです。
閉館は1980年頃だったというから、その頃、真鶴へは来ていますが水族館へ来た記憶はありません。
水族館は外観から「竜宮城」と呼ばれていたそうです。

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きれいな入江です。
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浜辺沿いに進むと岩が彫られて作られた内袋観音像が見えました。
1952年(昭和27年)の町勢要覧が最も古い公式記録で「明治初年切込石工が掘削した跡、百畳余の大穴に新たに彫刻した1丈6尺の見事な漢音坐像」と載っているそうです。
このときは未完成だったらしく、町広報に「昭和28年に地元の石材業者などが発起人となり、観音像の彫刻が再開され昭和29年に完成した」とあるそうです。

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観音像のある位置から眺めた入江です。
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帰り道は、中川一政記念館の裏に出る近道を通ったのですが台風18号の影響で大木が倒れ、その上を渡り、その先には竹がかたまって倒れており、その下を潜り、探検気分でした。
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お林展望公園前バス停からバスで真鶴駅へ戻りました。
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西部警察から送られた消防車の倉庫
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パークゴルフ場がある「お林展望台公園」です。
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自然観察・真鶴−1 お林遊歩道
自然観察・真鶴−2 三ツ石海岸 磯の植物
自然観察・真鶴−3 真鶴水族館跡




自然観察・真鶴−2 三ツ石海岸 磯の植物


2018.9.8 

眼下に三ツ石海岸が見え、坂を下り海岸へ行きました。
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マルバルコウソウの赤い花が咲いていました。
マルバルコウソウは原産はアメリカで江戸時代に観賞用として持ち込まれ、現在は野生化しています。
DSCF7841マルバコウソウ

ハマカンゾウ
DSCF7843ハマカンゾウ

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行ったときは三ッ石まで陸続きになっていました。潮が満ちると三ッ石までの道は水没します。
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2018年の台風12号でなぎ倒された磯の植物がなぎ倒されていました。
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大きな3つの石があるところから3ッ石海岸を呼ばれていますが写真を撮影した位置からは石が重なり2つしか見えませんでした。
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台風の波に負けず磯の植物が復活してきていました。
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DSCF7852ナミキソウ


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ハマカンゾウも強いです。
DSCF7857ハマカンゾウ


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13万から23万年前に箱根火山のマグマが延びて、海底から吹き出し溶岩となったのが三ツ石海岸と言われています。
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海と溶岩を眺めながら、各々好きな場所で昼食を取りました。
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つづく・・・真鶴水族館跡

自然観察・真鶴−1 お林遊歩道







自然観察・真鶴−1 お林遊歩道


2018.9.8

9月の植物観察会は真鶴半島の森と磯の植物観察でした。
9:00JR真鶴駅集合でした。
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真鶴駅改札口
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ケープ真鶴行きバスに乗車するのかと思ったのですが、コミュニティバスに乗車するのでした。
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コミュニティバスの出発時は我々のみの乗車で貸切状態でした。
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コミュニティバスを「お林展望台公園前」で下車して後は歩きです。
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バスを降りた所から紫の花が咲いている大きな木を見つけ、近づくとノボタン(シコンノボタン)でした。こんな大きなのボタンの木を見るのは初めてです。
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雄しべが糸状で長く面白い形をしていました。
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こちらが一般的に園芸店で売られているノボタンです。
大きなノボタンの木の隣に植わっていました。
DSCF7816ノボタン シコンノボタン

ガラス窓の建物に消防自動車が見えました。
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ガラス窓に下のような紙が貼ってありました。
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TVドラマ「西部警察」で使用された消防自動車がなぜここにあるのか調べてみると下記リンクの事情がありました。
TVドラマ西部警察で使われた消防自動車が真鶴にある理由

蔓状の仙人草の花が咲いていました。種につく綿毛が仙人のヒゲのようだというところから付いた名前です。別名「馬食わず」とも呼ばれ有毒で馬や牛は食べないそうです。
なんとクレマチスの原種でクレマチスウンシナータというそうです。我が家ではクレマチスの傍で芽を出し、クレマチスに絡まっていました。クレマチスと葉が一緒なので切らずに置いておいたら白い花が咲きました。今回初めて花の名前を知りました。雑草と思い、きれいな花が終わったら抜く予定でした。
DSCF7820仙人草

我が家の仙人草
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ネットに掲載されていたセンニンソウの種です。ヒゲのようなものを仙人のヒゲに例えたのです。
センニンソウ


車道をしばらく歩いて「お林遊歩道」に入っていきました。
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昼なお暗い森の中です。
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我々は案内標識とは異なった方向です。。
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大きな木がアチラコチラに現れます。
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アカメガシワ。私の庭の隅に時々現れ困っています。
新芽が赤く、柏の葉に似ている所からつけられた名前です。
木は柔らかいので床柱、下駄、薪炭に利用されます。樹皮を煎じて飲むと胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃酸過多に効くそうです。
DSCF7829アカメガシワ

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上部が切断された切り株
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木の根元にシダが生えています。
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再び車道へ出ると雨が降り出し、傘をさして歩き、喫茶、お土産店が入っている「ケープ真鶴」の建物に入り休憩室で雨が上がるまで休憩しました。
広い無料休憩室です。
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つづく・・・
自然観察・真鶴−2 三ツ石海岸 磯の植物













 

ぶどう収穫


巨峰の苗木は植えてから2年目でうまくすれば一、ニ房できることがあるそうですが
2年目にして二房なりました。
一房はまだ緑色の時、鳥か何かにもぎ取られ、棚に載っているという残念なめに会いましたが、 残りの一房は無事収穫できました。
二年目なのでまだ房は小さいです。
味を心配しましたが、甘く美味しく安心しました。来年からが楽しみです。

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小田急玉川学園前−5 めぼこ山本宮


2018.4.16 

玉川学園前駅に向かって歩きます。
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奈良川の源流はわかりませんでしたが、奈良川の流れです。
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長い階段を登る必要があります。
逆コースの方が楽でしょう。
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人がほとんど通らない裏道です。
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向こうに見えるのは玉川学園の建物でしょうか?
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再び階段です。
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やっと住宅街に戻ってきました。IMG_2182

玉川学園前駅に近い住宅街にある「めぼこ山本宮」です。
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「めぼこ」とは霊威のある御剣とのことです。
説明板があったのですが古くなり何が書いてあるのかわかりませんでしたがネットを見ると下記のようにありました。
スサノオノミコトの根本本宮が日本最古の神宮・吉備石神神宮。その秘宮の祭祀が天武朝のころよりとだえ、御神跡さえ不明になっていることを、本宮社伝・抜剣影山流宗家故宮崎雲丹先聖の長年の研究探査の結果、昭和8年、ついに御真跡を発見した。
そしてこの地(町田市)に多摩野宮として、出雲造の社殿を造営され、遷宮祭り、祭祀を中興されたのが、当宮の縁起とのこと。

「故に本宮は国家鎮護の根本秘宮であり、邪を破り正を護り給う仁愛勇武勝利の神として皇統守護良縁結びの神・・・・」


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竹林の道が続きます。
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アチラコチラに竹の子が顔を出していました。
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こちらが本堂です。
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午後からの散策は16:40に終了。3時間半で15,663歩でした。
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玉川学園前散策おしまい

小田急玉川学園前−1 高台の住宅街
小田急玉川学園前−2 玉川学園校内
小田急玉川学園前−3 ツツジの生垣
小田急玉川学園前−5 めぼこ山本宮




小田急玉川学園前−4 土橋谷戸の風景


2018.4.16

ツツジを見た後は、丸印の土橋谷戸へ進みました。
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突然、横浜市のマンホールの蓋が出てきてびっくりしました。
上の地図の点線が町田市と横浜市の境界です。
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道は下り坂になっています。
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春にはきれいな桜並木になることでしょう。
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奈良町第二公園
横浜市青葉区の町です。奈良村、恩田村、長津田村が明治22年に合併し都筑郡奈田村大字奈良となったそうです。
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この公園は、地域の雨水を一時的に貯め、下流へ流す遊水池で、大雨のときは公園内に入らないようにと、注意書きがありました。
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公園の外の細い道を歩いていくと土橋谷戸に着きました。
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自然を残そうと活動している土橋谷戸の姿です。
谷戸とは、丘陵地が侵食され谷間になった湿地帯をいい、中世には谷戸の湿地帯が水田に向き、開墾が盛んに行われました。
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耕して、水田の準備がなされているようです。
秋の谷戸
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谷戸の奥は草原で、たんぽぽの綿毛がたくさんついていました。
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谷戸の北側の道には花がたくさん植えられていました。
ポピー
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掲示板が道端に立っており次のような掲示がありました。
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カラー
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徐々に丘陵地へ入っていく道です。
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サクラソウ
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ヤマフジ
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ジャーマンアイリス
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つづく・・・
小田急玉川学園前−5 めぼこ山本宮

小田急玉川学園前−1 高台の住宅街
小田急玉川学園前−2 玉川学園校内
小田急玉川学園前−3 ツツジの生垣

小田急玉川学園前−3 ツツジの生垣


2018.4.16 

再びヒマラヤスギの植わっている道を戻り、ツツジの生垣を見に行きました。
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龍の蛇口がついてる場所ですが何の施設かわかりません。
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木の根元のすずらんの花
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高台にあるツツジが植わっている場所です。2018年の春は早く、ツツジもあちこちで咲いていたので来たのですが、少し早かったようです。
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生垣にツツジを植えているお宅です。
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きれいに刈り込まれているツツジの生垣です。
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満開のツツジです。名前は??
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高台だということがおわかりと思います。
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場所は旭ヶ丘東です。
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玉川学園前周辺は町田市なのでマンホールの蓋は町田市の花サルビアがデザインされています。
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つづく・・・谷戸の風景

小田急玉川学園前−1 高台の住宅街
小田急玉川学園前−2 玉川学園校内















厚木中央公園


2018.9.6

湿板写真作品を鑑賞した後、時間があったので、厚木中央公園へ行ってみました。
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厚木市の木をデザインしたマンホールの蓋
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厚木一番街の外れを北へ歩きました。
厚木一番街は小田急本厚木駅から伸びる一番の繁華街です。
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長方形の公園です。
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通りに面して天王大縄手という石碑が立っていました。
牛頭(ごず)天王社跡地から相模大橋周辺までの一直線の道を江戸時代まで天王大縄手と呼びました。

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石のかたちーコスモスー
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丸い大きな石がたくさん並んでいました。
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不思議な球体です。北海道に地震があったばかりなので、地震の際に転げないかと心配しました。
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中央には池があり、丸い石は28個あります。石の天頂から水が吹き出し水が石を伝って流れる仕組みだそうです。
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ライトアップ設備がありました。
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本厚木駅で新しいロマンスカーに出会いました。
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展望席
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湿板写真作品展 本厚木


2018.9.6

本厚木、「アミューあつぎ」で湿板写真の作品展が開かれているので行ってきました。
湿板写真とは写真の初期のシステムです。坂本龍馬の写真といえばイメージがつかめる方もいらっしゃるかと思います。
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作品の多くは人物写真で、撮影は禁止でした。
湿板写真はガラス板に液体を塗り、湿っている間に撮影するシステムです。
ガラスに液を塗るので一枚しか存在しません。
神社での作品もあったので、湿板はどのようにしてつくったのか聞いてみると、うまい具合に神社内に納屋あがったのでそこを暗室にして湿板を造り、現像したとのことでした。

撮影した人物はコントラストが強く、階調が少なく強めに出て、背景はボケがあり、人物が浮かび上がる感じでした。

撮影は蛇腹がある乾板カメラを利用したそうです。
撮影時間は4,5秒で頭が動かないように支えを用いてるとのことです。
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作品を発表した加藤さんです。
日大芸術学部写真科を卒業後、フリーカメラマンでしたが、フリーカメラマンを辞めた後、故郷の厚木で写真館を開いて時間に余裕が出来た3年前から学生時代興味を持っていた湿板写真に取り組んだとのことです。加藤さんの写真撮影には快く応じて下さいました。
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湿板写真でネット検索するといろいろ掲載されていますが
下記リンクは写真入でわかりやすく説明されています。
湿版写真のつくりかた


作品展は9月11日まで開催されています。

 

小田急玉川学園前−2 玉川学園校内


2018.4.16

守衛さんに「ご苦労さま」と挨拶してもらい玉川学園内に入りました。
パラソルの元で多くの学生が食事をしていました。
写真をクリックすると拡大します。
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玉川学園は小田急を挟んで東西に存在します。学園の西側は一度行ったことがあるので今回は東側に行きました。
玉川学園が小田急に駅を提供し、駅名を玉川学園前としてもらったそうです。
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幼稚園、中学、高校、大学の校舎が、同じ敷地内に点在しています。
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垢抜けた校舎です。
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数学事務棟
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高等部
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「人生の最も苦しい いやな 辛い損な場面を真っ先に微笑みを以って担当せよ」と玉川モットーが書かれています。

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緑のアーチ状の屋根がある高等部のロビーへ入りました。
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いろいろな用途に使われるだろうスペースです。
幼稚園児がやってくるのが見えました。
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天井からの彩光と、屋根があるので雨の日もここは使えます。
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高等部を抜けて先に行きました。
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下は緑のグラウンドが広がっていました。
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私が過ごした校舎とは大違いです。
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アートセンター
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玉川大学教育博物館と書かれている建物があり、中に入ってみました。
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階段にアートが飾られていました。
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館内の半分は美術品が展示され、あと半分は日本の教育の資料が展示されていました。
玉川大学の教育についてわかるかと思ったのですが・・・
資料は明治以降だけでなくそれ以前もあり、貴重な資料とのことでした。
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アートセンターと教育博物館を結ぶ渡り廊下です。アート作品の運搬に使われていると想像できます。
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LEDによる農業研究所のようです。
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ケヤキという食堂です。
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実は予定の道を間違えて玉川学園内に迷い込んだのです。13:30から14:30までの1時間の見学でした。
学園内をくまなく歩こうとすると丸一日かかりそうです。
キャンバスビューが玉川学園のネットに掲載されていました。
興味のある方は御覧ください。
玉川学園キャンバスビュー


つづく・・・
小田急玉川学園前−3 ツツジの生垣

小田急玉川学園前−1 高台の住宅街



 

小田急玉川学園前−1 高台の住宅街


2018. 4.16

小田急玉川学園前駅を13:10にスタートし、駅の東側を散策しました。
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左の白い建物が小田急玉川学園前駅です。
駅前通りの道幅は狭いです。
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駅前から東に伸びる道は全て急坂となっています。
駅の西側も丘陵になっています。すなわち玉川学園前駅の線路沿い通りは谷間になっているのです。
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楽しそうな絵が描かれている玉ちゃんバスというコミュニティーバスが止まっていました。
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球体を四角くくり抜いたモニュメントがビルの前にありました。
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坂道を登って東に進みました。
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坂の上は住宅街となっていました。
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坂を登った所で左に曲がりました。
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振り返ると急な坂道がよくわかります。
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坂の上の尾根道です。
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一重の白いつるバラのようですが・・・
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こちらはツツジです。
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黄色いモッコウバラも満開です。
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ここもモッコウバラです。モッコウバラが多い住宅街でした。
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右へ行くと玉川学園です。
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駅前で見たコミュニティーバスの停留場でしょうか?
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つづく・・・
小田急玉川学園前−2 玉川学園校内













変わった朝顔


2018.9.3

隣人からもらった苗を育てた朝顔です。
朝顔で名前はわかりませんが、見たことのない変わった朝顔でした。
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花が咲く前はルコー朝顔と思っていました・・・。
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網代の花火大会翌日 小田原文学館白秋館


2018.8.17 

田中光顕別邸の別館は大正13年に建てられた純和風建築です。
現在は白秋童謡館となっています。
北原白秋は大正7年から15年まで小田原で過ごし、数々の童謡を生み出しました。
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最初に庭を散策しました。
建物の前は芝生で、その奥に池があり木々が植えられそのまわりを歩くことが出来ます。
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庭への門
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南側の道路からの入口です。別館の玄関口にとなります。
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別館入口
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北原白秋は小田原天神山の伝肇寺に「木兎の家」を建てました。その模型です。

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部屋の中では白秋の童謡が流れていました。



小田原在住時の主な童謡

りすりす子栗鼠/雨/お祭り/赤い鳥小鳥/あわて床屋/ちんちん千鳥/離れ小島の/揺籠のうた/鐘が鳴ります/

げんげ草/お月見/砂山/かやの木山の/からたちの花/ペチカ/待ちぼうけ/かえろかえろ/この道/もとゐたお家/

あめふり


別館から見た庭風景
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北原白秋(白秋山荘書斎で)の写真
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白秋が小田原で住んでいた場所です。
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二階から見た景色
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小田原文学館 おしまい


網代温泉花火大会
網代の花火大会翌日
網代の花火大会翌日 小田原文学館洋館
網代の花火大会翌日 小田原文学館白秋館




網代の花火大会翌日 小田原文学館洋館


2018.8.17 

網代花火大会の翌日、小田原に戻って小田原早川漁港のまわりを走り、家内がまだ行ったことがないという小田原文学館に寄りました。
お昼前というのに、漁港周辺では列ができている店がありました。
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小田原文学館本館では小田原出身の文学者:北村透谷、尾崎一雄、北原武夫等
小田原ゆかりの文学者:谷崎潤一郎、三好達治、坂口安吾、岸田国土
の作品や活動が展示されていました。
展示室は残念ながら撮影禁止でした。
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3階は展望室になっていました。
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3階のテラスです。出口は閉まっていたので出られませんでした。
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3階から見た本館の庭の景色です。
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本館見学後、庭にまわりました。
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刈り込まれて、清楚な姿を見せているパンパスグラスがありました。
植木屋さんが居たので聞くと、やはり手を入れているとのことでした。
柳生博の八ヶ岳倶楽部へ行った時、苗を購入し植えていましたが手入れの方法がわからず何もしないでおくと茎が小山のようになりお化けパンパスグラスになってしまいましたので伐採しました。毎年、茎を剪定しておけばよかったのです。
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小田原文学館の建物は明治から昭和にかけての陸軍軍人・政治家の田中光顕の別邸でした。
写真の洋館は昭和12年に建築されたものです。
田中光顕は土佐藩出身で脱藩時は田中顕助と名乗り、武市半平太に剣術を学びました。坂本龍馬や中岡慎太郎と薩長同盟に尽力した人物です。
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田中光顕の肖像がネットにありました。
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田中光顕別邸には洋館の奥に和風別館があります。
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別館への小径
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文学館敷地案内図(パンフレットより)
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小説家尾崎一雄の旧宅の書斎部分を移築したものです。内部公開はしていませんでした。
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さらに小径が続きます。
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つづく・・・
網代の花火大会翌日 小田原文学館白秋館

網代温泉花火大会
網代の花火大会翌日
網代の花火大会翌日 小田原文学館洋館








網代の花火大会翌日


2018.8.17

網代の幅大会の後、南熱海壱番館というコンドミニアムに宿泊しました。
山の上の景色の良い場所でした。

ベランダからは相模湾が一望できました。

初島
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朝食後、晴れてきました。
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台所:料理ができる設備は一通り揃っています。
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ダイニングルーム
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大型TV、ソファーが設置されているリビングルーム
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寝室にもソファーがあり2つ合わせるとベッドになります。
リビングルームのソファーもベッドになり、4人まで宿泊できる部屋でした。
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温泉風呂、大浴場は工事中でした。
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10時にチェックアウトし、下多賀で「小山臨海公園」という看板を見て、ちょと寄り道しました。
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西に花火が上がった網代港が見えました。
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岬の東から伊豆多賀の町が望めました。
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公園へ行く螺旋階段のようですが暑いのでとても上る気力はありませんでした。
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東京大学地震研究所下多賀地震観測所がありました。
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珍しい色のカンナが咲いていました。
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更に135号線を小田原へ向かいましたが、行くときのような渋滞はなく快調に車は走りました。

135号線から見える熱海城。こんなにきれいなのかと見直しました。
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JR東海道線・根府川駅近くの白糸川鉄橋です。新しく掛け替えられてから風で電車が止まることが少なくなりました。神奈川の駅100選に選ばれています。
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つづく・・・
網代の花火大会翌日 小田原文学館洋館

網代温泉花火大会



掛川−15 掛川駅へ


 2018.8.12

ブラブラと掛川駅に向かいました。
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桜は見物客が少なく、通りも人が歩いていません。
お花見の穴場でした。

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JR掛川駅前
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駅前の二宮金次郎

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JR掛川駅の隣に天浜線掛川駅があります。

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天浜線は大正11年掛川・天竜二俣間が開通し、昭和62年に新所原まで
延長しました。新所原からは東海道本線に繋がります。
一度だけ全線乗ったことがあります。遠州森、NHK直虎に登場した気賀、三ヶ日を通ります。

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ホームに電車が停車していたので駅員さんに頼んで改札内に入れてもらい電車の写真を撮りました。
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掛川駅で08−2Xと書かれたマルチブタンタイバー(通称マルタイ)を発見。
線路の下にひかれた砂利(バラスト)は電車が走ると少しづつ沈降して固まるのでマルタイは線路を持ち上げ線路の下の固くなったバラストをほぐし、線路の高さを元に戻す作業をする機械です。
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作業は一般的に夜なので昼間は駅近くで待機していることが多いです。
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マルタイが仕事をしている音がYou Tubeに出ていましたので参考にして下さい。


掛川駅向かいのホームに岐阜行きが停車していました。
この後、普通列車で小田原に帰りました。
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掛川おしまい

掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺
掛川−7 掛川城へ
掛川−8 掛川城天守閣
掛川−9 二の丸御殿
掛川−10 二の丸茶屋
掛川−11 竹の丸・旧松本家
掛川−12 竹の丸・旧松本家の庭
掛川ー13 花見ランチ
掛川−14 大手門
掛川−15 掛川駅へ


掛川−14 大手門


 2018.3.12


大手門に向かいました。
大手門




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平成7年に復元された大手門です。実際はこの場所より50m南にありました。
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大手門から見える天守閣
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大手門礎石根固め石
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堂々たる姿の大手門です。
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つづく・・・掛川−15 掛川駅へ


掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺
掛川−7 掛川城へ
掛川−8 掛川城天守閣
掛川−9 二の丸御殿
掛川−10 二の丸茶屋
掛川−11 竹の丸・旧松本家
掛川−12 竹の丸・旧松本家の庭
掛川ー13 花見ランチ

掛川ー13 花見ランチ


 2018.3.12

昨日歩いた大日本尊徳社から図書館、池の周りを経て、三の丸広場に来ました。
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三の丸広場から眺める四足門と太鼓櫓
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左に太鼓櫓、右に天守閣、正面は4足門
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丁度、お昼になり、石垣に「古民家風カフェで一休み」「ひぐらし50m」と書かれた案内板があり、行ってみることにしました。
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境川沿いに植わった掛川桜を見ながら「ひぐらし」に向かいました。

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古民家風「ひぐらし」です。
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元々古民家ではなく、古民家風に作り直したそうです。
桜が満開ですが、通りに人は少なく、店の客は私一人です。
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音楽好きが集まってライブを行っているとのことです。
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パリパリのピザ
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つづく・・・掛川−14 大手門

掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺
掛川−7 掛川城へ
掛川−8 掛川城天守閣
掛川−9 二の丸御殿
掛川−10 二の丸茶屋
掛川−11 竹の丸・旧松本家
掛川−12 竹の丸・旧松本家の庭






掛川−12 竹の丸・旧松本家の庭


 2018.3.12

旧松本家の庭にまわりました。
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築山
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広い芝生の庭から主屋と離れを見ることが出来ました。
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離れ
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離れ二階のベランダ
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庭から見る花鳥のステンドグラスです。
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白い蔵
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つづく・・・掛川ー13 花見ランチ

掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺
掛川−7 掛川城へ
掛川−8 掛川城天守閣
掛川−9 二の丸御殿
掛川−10 二の丸茶屋
掛川−11 竹の丸・旧松本家






掛川−11 竹の丸・旧松本家


2018.3.12

竹の丸へ入りました。
竹の丸は山内一豊城を拡張したときの郭です。竹の丸は天守閣や本丸に通じる道筋で、防衛上重要な場所だった為、家老や重臣の屋敷地に割り当てられました。

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竹の丸にある現在の建物は葛布問屋で松本家が明治36年に建てた建物です。
葛布は聞き慣れない言葉ですが、文字からわかるように葛の繊維を紡いで作った布のことです。古代日本では上流階級の喪服や庶民の衣服に用いられていましたが現在は民芸品類に使われているだけで廃れてしまいました。葛は我が家の庭の前にはびこり、最近、庭まで侵食して困っています。繁殖力の強い植物です。
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玄関に井伊直虎との関係の説明とマップが張り出されていました。
直虎の許嫁・井伊直親が暗殺されたのが掛川だったのです。
写真をクリックすると拡大します。
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旧松本家住宅内を見学しました。
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建物内カフェです。
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離れの二階へ行きます。
離れの一階は七五三を祝う家族が貸し切りで使用し、出張カメラマンを雇っていました。
旧松本家は部屋貸しもやってます。
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二階は大正時代に建て増しされました。
二階貴賓室です。
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二階から見た庭です。
大正モダンなベランダが取り付けられていました。
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離れから見た母屋
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欄間には鳳凰が彫られていました。
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鳳凰の彫り物
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花鳥のステンドグラスがはめ込まれていました
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二階からみえる掛川城天守閣。北東側から見る天守閣

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つづく・・掛川−12 竹の丸・旧松本家の庭

掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺
掛川−7 掛川城へ
掛川−8 掛川城天守閣
掛川−9 二の丸御殿
掛川−10 二の丸茶屋














掛川−10 二の丸茶屋


2018.3.12 


二の丸御殿の庭を散策し、北側から外に出ると坂道があり、大日本尊徳社講堂の裏に出ました。
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坂を降りたところを左に曲がると、二の丸美術館です。
残念ながら月曜日なので休館でした。
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二の丸美術館は細密工芸の木下コレクションと近代日本画を収集した鈴木コレクションを収蔵しています。

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二の丸美術館の奥に二の丸茶室がありました。
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二の丸茶室から見る掛川城
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建物の中で掛川の抹茶と和菓子が頂けます。
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アセビ(馬酔木)
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待合(寄り付き)
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にじり口
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つづく・・・
掛川−11 竹の丸・旧松本家

掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺
掛川−7 掛川城へ
掛川−8 掛川城天守閣
掛川−9 二の丸御殿












掛川−9 二の丸御殿


2018.3.12

天守閣の隣にある二の丸御殿に入りました。
御殿は城主の公邸、藩の役所、公式式典の場所として使われた場所です。
掛川城の御殿は書院造りです。二の丸御殿が残っているのは二条城と掛川城のみということです。
最初の御殿は嘉永7年の大地震で倒壊しました。現在の御殿は安政2年に建て替えられたものです。廃藩置県後、学校や役場、市庁舎、農協、消防署等として使われてきました。
国の重要文化財となっています。
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玄関口
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徳川家康所用の大黒頭巾兜と関ヶ原御出陣御召御具足写
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写真をクリックすると拡大し、説明が読みやすくなります。
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畳を敷き、襖で仕切られている広い空間です。
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掛川城御殿内部図(御殿で貰ったパンフレットより)
写真をクリックすると拡大します。
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御用部屋
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廊下から見える掛川城
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梵天
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山内一豊時代の掛川城模型
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御殿の庭は歩くことが出来ました。
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つづく・・・
掛川−10 二の丸茶屋

掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺
掛川−7 掛川城へ
掛川−8 掛川城天守閣


掛川−8 掛川城天守閣


2018.3.12

いよいよ掛川城天守閣へ入ります。
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山内家の家紋「土佐柏」の旗印と馬に跨がり、槍を持つ山内一豊の像が置かれていました。山内一豊は掛川城主を務めた後、高知城主となったのです。
三菱の3つのダイヤマーク(スリーダイヤ)は土佐藩・岩崎弥太郎が土佐藩の汽船三隻を持つ「九十九商会」を買い取り三菱商会を創設したところから「土佐柏」をヒントに生まれたのです。

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天守閣に据え付けられている鯱の原寸大複製です。
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簾の向こうに部屋がある武者隠しです。
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掛川城の天守閣は木造です。
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天守閣から富士山が見えるのですが当日は霞がかかっており見えませんでした。
(天守閣に掲げられていた写真です)
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天守閣からの景色です。
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中央に大日本尊徳社の講堂が見えています。
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掛川駅舎と新幹線の高架が見えています。写真をクリックすると拡大します。
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城の北側。右手前の山裾がしだれ梅の龍尾神社がある所です。
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つづく・・・
掛川−9 二の丸御殿

掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺
掛川−7 掛川城へ












 

掛川−7 掛川城へ


 2018.3.12

掛川二日目、まず、掛川城へ向かいました。
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掛川城までは境川沿いの掛川桜の並木道です。
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正面は掛川御殿、左の階段を上がると掛川城です。
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絵図面を元に復元された四足門です。
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本丸を囲む十露盤堀です。名前の由来は定かではありませんが水が溜まっている部分が細長く「そろばんの箱のように見える」という所以ではないかと言われています。
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天守閣は高台にあります。
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掛川城立体模型が四脚門を入ると置かれてました。
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太鼓櫓
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掛川城天守閣
掛川城の始まりは室町時代、今川氏が遠江進出のため朝比奈氏に命じて築城させたのが始まりです。戦国時代、山内一豊が城主になり、天守閣や大手門を造りました。
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天守閣が近づいてきました。
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上から見た二の丸御殿です。
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二の丸御殿の左は美術館です。
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逆川沿いに掛川桜が赤い帯状につながっています。右に大手門も見えています。手前下は四足門です。
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太鼓櫓です。
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霧吹井戸
西から徳川家康、東から武田信玄に攻められた駿河の今川氏真は、重臣朝比奈泰朝の掛川城へ逃げ込みます。この城を落とそうと家康が攻撃を仕掛けた際、井戸から立ちこめた霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃できなくなったといいます。以来、掛川城は「雲霧城」とも呼ばれるようになりました。
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覗きましたが何も見えませんでした。
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つづく・・・掛川−8 掛川城天守閣



掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−2 龍尾神社しだれ梅
掛川ー3 大日本報徳社
掛川−4 掛川市立中央図書館&三日月堀
掛川−5 大楠と本陣跡
掛川−6 駅周辺



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