花咲かすおじさん

グリーンヒルに移ってから、薔薇を中心とした庭を造り、一年中花が咲いている庭を目指しています。ブログには庭を中心とした花や、旅ブラで撮影した画像をデジブック等で紹介しています。庭もブログも花いっぱいにしたいと思います。

2015年07月

姫路−20 書写山4 奥の院


2015.7.15

ピンクの花が咲く木があったので近づいて見るとムクゲの花でした。
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14世紀前半に造られたと推定されている鐘楼です。均整のとれた形の鐘楼です。
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法華堂
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金剛堂

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お堂が沢山ある場所の広場です。モミジが多く植わっています。書写山の紅葉は温かい姫路なので12月に入ってからです。
広場から下り、奥の院へと進みました。
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開山堂
圓教寺開山の性空上人をまつったお堂です。

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左甚五郎作と伝えられる力士彫刻。西北隅の一つは、重さに耐えかねて逃げ出したと言う伝説があります
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開山堂の彫物
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護法堂(ごほうどう)
開山堂前にある二つの小さな神社は、向かって右が乙天社、左が若天社です。
書写山の鎮守で開山の性空上人に付き添って仕えたという乙天(不動尊の化身)と若天(毘沙門天の化身)の二童子をまつっています。

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不動堂。俗に赤堂と呼ばれていました。
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奥の院から食堂に戻ってくると食堂の裏に「弁慶鏡井戸」という小さな池がありました。
言い伝えは下記URLから御覧ください。
http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/legend/html/010/010-1-tx.html

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つづく・・・・姫路−21 書写山5 下山

播磨・播州
  1.姫路−1 ぐるり姫路城
  2.姫路−2 姫路城へ
  3.姫路−3 姫路城入城西の丸
 4.姫路−4 天守閣への道

 5.姫路−5 姫路城その他

 6.姫路−6 姫路城の東 城見台公園・姫路護国神社

 7.姫路−7  大手門広場とイーグレひめじの屋上

 8.姫路−8 播磨国総社の総門
 9.姫路−9 播磨国総社境内
10.姫路−10 姫路城東から北へ
11.姫路−11  千姫の小径
12.姫路−12  好古園でのランチ&お屋敷の庭
13.姫路−13  好古園その2
14.姫路−14 姫路名物
15.姫路−15 以前町家があった通り
16.姫路−16  姫路駅前

17.姫路−17 書写山1 ロープウエイ
18.姫路−18 書写山2 摩尼殿
19.
姫路−19 書写山3 常行堂・食堂・大講堂


姫路−19 書写山3 常行堂・食堂・大講堂


2015.7.14

摩尼殿の裏を通り「常行堂・食堂・大講堂」が揃う場所へと進みました。

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修行僧が歩くような岩の傍を歩いて行きました。
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大仏様が森のなかに静かに座っていました。
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樹齢700年、高さ35m、幹周り8.4mの大杉です。
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左が常行堂、正面が食堂(じきどう)、右が大講堂です。
NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」で使われた場所です。
中国攻めを進める秀吉に黒田官兵衛が本陣を書写山に備えるよう進言して、武将が集結したシーンに使われた場所です。
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常行堂
常行三昧(ひたすら阿弥陀仏の名を唱えながら本尊を回る修行)をするための道場です。
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正面には舞台が設けられています。
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食堂(じきどう)
修行僧の寝食のための建物です。承安四年(1174)の創建で本尊は、僧形文殊菩薩で後白河法皇の勅願で創建されたものです。二階建築も珍しく長さ約40メートル(別名長堂)もあり、他に類を見ないものだそうです。
未完成のまま、数百年放置されたものを昭和38年の解体修理で完成の形にされました。現在1階は写経道場として使い2階は寺宝の展示館となっています。(国指定重要文化財)

したがって、ここだけは中に入って見学出来ます。昼食の後入りました。

写真をクリックすると拡大します。
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食堂は礎石の上に柱を置いた高床式です。その様子がよく分かる造りです。
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食堂は跳ね上げ窓です。
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堂々たる大講堂です。お経の講義や論議が行われる学問と修行の場所です。
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ここもモミジが植わっていました。木陰で少し早い昼食にしました。
山の中なので食べるところがあるかわからないので駅のコンビニでおにぎりを購入してきました。
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食堂2Fの仏像展示室です
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不動明王
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2F廊下
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1Fには映画「駆込み女、駆出し男」のポスターと撮影風景の写真が貼られていました。書写山圓教寺での撮影があったのです。
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書写山圓教寺では、大河ドラマ「武蔵」「軍師寛兵衛」、ラストサムライ等たくさんの映画・TVドラマがロケ撮影されています。
写真をクリックすると拡大します。
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3つの堂の前には本多家廟屋(ほんだけ びょうおく)がありました。
姫路城城主本多家の墓所です。
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写真をクリックすると拡大します。
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つづく・・・姫路−20 書写山4 奥の院

播磨・播州
  1.姫路−1 ぐるり姫路城
  2.姫路−2 姫路城へ
  3.姫路−3 姫路城入城西の丸
 4.
姫路−4 天守閣への道

 5.路−5 姫路城その他

 6.姫路−6 姫路城の東 城見台公園・姫路護国神社

 7.姫路−7  大手門広場とイーグレひめじの屋上

 8.姫路−8 播磨国総社の総門
 9.姫路−9 播磨国総社境内
10.姫路−10 姫路城東から北へ
11.姫路−11  千姫の小径
12.姫路−12  好古園でのランチ&お屋敷の庭
13.姫路−13  好古園その2
14.姫路−14 姫路名物
15.姫路−15 以前町家があった通り
16.姫路−16  姫路駅前

17.姫路−17 書写山1 ロープウエイ
18.姫路−18 書写山2 摩尼殿




姫路−18 書写山2 摩尼殿



2015.7.15

仁王門から圓教寺内へと入っていきました。
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壽量院の門です。壽量院では予約すれば精進料理が食べられます。
この門はいつも閉じられていて、精進料理を食べる人は裏の門から入ります。
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精進料理を食べる人はこの門から入ります。
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書写山は200種類もの苔が生えているそうです。日陰が多いということです。
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外界は34度という暑さですが標高700mほどの高さがあり、気が茂っているので木陰が多く、さほど暑さを感じませんでした。
写真の場所は五重塔が建っていた所です。
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圓教寺会館です。林間学校で来た時はここに泊ったのかな?

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十妙院
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付近に湯屋があったことから付けられた名前の橋です。
秀吉の布陣の後、圓教寺は荒れてしまったそうです。
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立派な摩尼殿です。圓教寺本殿です。
もみじの緑が清々しいです。書写山にはモミジが多く植わり、12月になると、アチラコチラで真っ赤に色づくモミジが見られるとのことです。
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摩尼殿は肘木で支えられています。京都の清水寺の舞台の小形の感じです。
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倶利伽羅剣に龍が絡まっている水盆
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摩尼殿正面
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清水寺の舞台に相当する場所です。緑に包まれていました。
時刻は11:10。
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つづく・・・・・姫路−19 書写山3 常行堂・食堂・大講堂

播磨・播州
  1.姫路−1 ぐるり姫路城
  2.姫路−2 姫路城へ
  3.姫路−3 姫路城入城西の丸
 4.
姫路−4 天守閣への道

 5.路−5 姫路城その他

 6.姫路−6 姫路城の東 城見台公園・姫路護国神社

 7.姫路−7  大手門広場とイーグレひめじの屋上

 8.姫路−8 播磨国総社の総門
 9.姫路−9 播磨国総社境内
10.姫路−10 姫路城東から北へ
11.姫路−11  千姫の小径
12.姫路−12  好古園でのランチ&お屋敷の庭
13.姫路−13  好古園その2
14.姫路−14 姫路名物
15.姫路−15 以前町家があった通り
16.姫路−16  姫路駅前

17.姫路−17 書写山1 ロープウエイ






姫路−17 書写山1 ロープウエイ


2015.7.15

岡山から朝移動して姫路へ、そして、姫路駅から懐かしい神姫(しんき)バスに30分乗り、書写山ロープウエイ駅に到着しました。


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乗客は私以外に一組の夫婦が乗っただけでした。
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黒田官兵衛を描いたもう一つのゴンドラです。
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書写山からは左の山が邪魔して姫路城は見えません。
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山頂駅の右には展望台がありました。帰りに一番高い所から眺めました。
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ロープウエイを降りて歩き出すと東屋がありました。
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まもなく、分かれ道があり、右が仁王門へ行く参道です。
左はバスが走る道です。先ほどの夫婦はバスに乗ったようです。
したがって、私一人参道を登って行くことになりました。
時間は10時半でした。
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慈悲の鐘
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参道を歩む人には多くの菩薩様が見守ってくれます。
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途中、見晴らしが良い場もありました。
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懐かしい仁王門です。
私は小学校4年生の時に林間学校で書写山に来て、仁王門までが遠く、仲間の多くがこの場所で休憩した思い出があります。帰りのロープウエイのガイドさんが「夏休みになると姫路の全校の小学4年生が林間学校に来るので大変賑やかになるのです」と説明してくれました。私が小学校の頃から続いているのはすごいことだと思いました。
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西の比叡山、東の書写山と言われていますが、天皇に関係する文面が文部省の名で掲げられているのが由緒ある書写山であることを物語っています。
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仁王
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一足、旅わらじが奉納されていました。
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内側から見た仁王門
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つづく・・・姫路−18 書写山2 摩尼殿



播磨・播州
  1.姫路−1 ぐるり姫路城
  2.姫路−2 姫路城へ
  3.姫路−3 姫路城入城西の丸
 4.
姫路−4 天守閣への道

 5.路−5 姫路城その他

 6.姫路−6 姫路城の東 城見台公園・姫路護国神社

 7.姫路−7  大手門広場とイーグレひめじの屋上

 8.姫路−8 播磨国総社の総門
 9.姫路−9 播磨国総社境内
10.姫路−10 姫路城東から北へ
11.姫路−11  千姫の小径
12.姫路−12  好古園でのランチ&お屋敷の庭
13.姫路−13  好古園その2
14.姫路−14 姫路名物
15.姫路−15 以前町家があった通り
16.姫路−16  姫路駅前


岡山−3 烏城(岡山城)


2015.7.14


後楽園南門で岡山城(烏城)は何時まで開いているか聞くと「5時まで」とのことで、明日に回したくなく急いで岡山城へも行きました。

廊下門手前からの烏城です。この位置からの城が美しいです。黒い壁に天守だけではなく
軒瓦に多くの金の鯱がアクセントとして使われています。そこから「金鳥城」とも呼ばれています。
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廊下門
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廊下門を出て、城壁にそって上がります。
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不明門をくぐると天守閣が見えてきました。
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どっしりとした天守閣正面です。
岡山城の始まりは宇喜多家です。乱世の時代、腹黒く、どちらになびくかわからない武将宇喜多直家の現在の岡山城の西隣の石山城(現在は形が残っていません)築城に始まります。
直家の息子秀家が秀吉に可愛がられ、今の岡山城の位置に城を造ったのです。
豊臣家が滅び小早川秀秋が岡山城を大改革して大きくしたのです。小早川秀秋の時代は短く1年半でした。
その後、池田忠継が継ぎ、明治時代まで池田家が藩主を務めたのです。後楽園は池田家の時代に造られました。
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天守閣へ入った時は17時5分前で、滑り込みセーフでした。受付の人から「時間がないのでエレベータで上がって下さい」と言われてしまいました。

天守閣から見える後楽園です。森のなかに芝生が見えます。
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金の鯱
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岡山駅方面
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天守閣から鯱が見えるのは珍しいです。
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後楽園への入口、月見橋です。
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天守閣の礎石です。
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月見櫓
岡山城建設当時から現存する櫓です。
今の天守閣は明治6年の廃城令で埋め立てられてしまい、昭和39年に復元されたものです。
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帰り道に見付けた桃太郎の絵の消火栓。
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岡山おしまい。

中国地方
岡山−1 岡山後楽園へ

岡山−2 後楽園園内

岡山−3 烏城(岡山城)



岡山−2 後楽園園内


2015.7.14

岡山後楽園内の景色はデジブックフルウインドウで御覧ください。




ipadの方はこちらから御覧ください。
http://www.digibook.net/d/6894adffa0da8319a082a525034bc498/?viewerMode=fullWindow


つづく・・・岡山−3 烏城(岡山城)

岡山−1 岡山後楽園へ




岡山−1 岡山後楽園へ


2015.7.14

桃太郎伝説のある岡山に行ってきました。
桃太郎の逸話は下記URLを御覧ください。
http://okayama-kanko.net/sightseeing/special.php?f=info_special_6


岡山駅から南にまっすぐ伸びる大通りの名前は「桃太郎通り」です。
路面電車は駅前から「桃太郎通り」を走っています。中央下に白い路面電車が写っています。
写真は夕方撮影
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桃太郎を描いたマンホールの蓋
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暑い日だったのでホテルで一休みして15:30から行動を開始でした。
泊まりは三井ガーデンホテルです。駅から近く、ビジネスホテルにしては良かったです。
線路に近いので電車の音がするのではと少し心配でしたが、申込時、静かな部屋を頼んでおいたので全く問題ありませんでした。大浴場があるのも良かったです。


桃太郎通りで路面電車に乗って後楽園に向かいました。
路線はニ路線あり、清輝橋行き路線と東山行き路線です。

清輝行き路面電車には「桃太郎」に登場する鬼が描かれていました。
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「岡山ー羽田12本増便」と書かれたプレートが付いていました。
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路面電車内です。帰りは通勤客で満員でした。岡山駅、城下間は運賃100円でした。
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岡山後楽園と烏城(岡山城)は旭川の中洲に存在します。
路面電車は城下で下車します。
後楽園マップ

城下の交差点は人が渡れず、地下道を使います。
城下マップ


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地下噴水です。地下を出ると後楽園正門方面と岡山城方面がありますが、岡山城も見ておきたいので時間の都合で岡山城を見て、その後、後楽園南門から入ることにしました。
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旭川の土手に出ると、正面に岡山後楽園の森、左に正門へ行く鶴見橋、右に南門へ行く月見橋と烏城が見えます。
写真をクリックすると拡大します。出てきた写真をもう一度クリックすると烏城がよく解ります。
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月見橋
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鶴見橋
後楽園、烏城を見学後、鶴見橋に行きました。後楽園は閉館間近だったので自転車で渡る女性が一人いただけでした。
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岡山城は黒塗りの下見板を取付けたことから烏城と呼ばれています。
写真をクリックすると拡大します。
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岡山後楽園は、今から約300年前に岡山藩2代藩主池田綱政[いけだつなまさ]が藩主のやすらぎの場として作らせた庭園です。

南門から入ると広い芝生の庭になっています。
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岡山後楽園園内マップです。
写真をクリックすると拡大します。
園内マップ


入口で見どころを聞くと、「花葉の池でハスの花が咲いている」とのことだったので、まず、池の裏側に回りました。
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夕方なので蓮の花の多くは残念ながら閉じていました。
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つづく・・・岡山−2 後楽園園内


大坂駅 時空の広場


2015.7.15

大阪駅に隣接する新しいLUCUA1100を歩いている時、偶然目にしたのが大阪駅4F「時空(とき)の広場」です。


広々とした駅の上の空間です。
外国の駅舎のような感じで、大時計が駅舎らしい雰囲気を出しています。
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広場からは大阪駅に停まる電車とホームの屋根が見られます。
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CAFEもありました。夏なので少し暑かったですが、季節が良い時はくつろげるスペースです。
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北側には長い一直線のエスカレーターがあり、天井に丸い穴が開いていて、映画に出てくるシーンのようです。
丸い穴はシネマへと続いていました。
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上の写真ではエスカレーターは短いようですが、実際は長く、高所恐怖症の私は最後は気分がおかしくなりました。このエスカレーターで降りる気はぜず内部のエレベーターで降りました。
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風の広場
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天空の農園はメンテナンスのため閉鎖されていました。
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新しく出来たLUCUA1100には蔦屋書店が出店されていましたが、驚きの書店です。
中央にCAFEがあり、周りに書棚が並び、アチラコチラに椅子がおいてあり、本棚から本を取り出し、読み放題です。まるで図書館のようです。ダークブラウンでまとめた書店で、高級感があふれています。本を取り出し、カウチに座ってしばらく読書していました。
本だけでなく、アップルの展示場にもなっています。
写真は撮らなかったので、「百聞は一見にしかず」下記URLから御覧ください。

http://www.osaka2shin.jp/archives/1026923208.html






長崎−15 めがね橋


2015.6.23(火)

長崎 中島川に掛かる日本最古のアーチ型めがね橋です。
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めがね橋の近くの石垣に一枚ハートの石がはめ込まれていました。
ハートが好きな長崎です。
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中島川には多くのアーチ橋がかけられています。その向こうは寺町でお寺が並び、その西ハズレに「さだまさしのカフェ」があり、休憩した思い出があります。
中島川に掛かる橋は非常に多いです。町筋ごとにあります。
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川沿いは遊歩道となっていました。
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日本の少女と不思議な能力を持つ中国の少年の像。
死者・行方不明者262人という昭和57年の大洪水で亡くなり、中島川の橋もいくつか流されました。この地にゆかりの深い中国に依頼し造られた「水害復興と友好の記念碑」です。
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魚市橋からの撮影。魚市橋は以前木橋や石造アーチ橋が架けられましたがことごとく洪水によって流失しました。現在の橋は大正14(1939)年に鉄筋コンクリートで架設されたものです。 手前に写っている橋がそうです。
向こうの橋は東新橋といいます。1673年架設、1800年架替、1982(昭和57)年の長崎大水害により流失したため1986年、昭和の石橋として架設されました。

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東新橋
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魚市橋のたものとには、昔、交番だった建物がありました。
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長崎は「べっ甲」細工が盛んだった所です。
「江崎べっ甲店」です。
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江崎べっ甲店の黒塀
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バスで佐賀空港へ行きました。
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佐賀は大きな瓦屋根の民家が多かったです。
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飛行機は滑走路を端まで進み、Uターンして離陸しました。
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羽田から京急で横浜へ出たのですが、川崎・横浜間が長かったです。川崎でJRに乗り換えた方が速いです。
夕食時となったので横浜で久しぶりに中華の夕飯を食べ一休みしました。
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長崎シリーズおわり

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景
長崎−7 福江島へ
長崎−8 椿茶屋

長崎−9 鎧瀬溶岩海岸・鬼岳

長崎−10 堂崎教会

長崎−11 浦頭カトリック教会

長崎−12 軍艦島へ

長崎−13 軍艦島上陸

長崎−14 軍艦島を各角度から

長崎−15 めがね橋




長崎−14 軍艦島を各角度から



2015.6.23(火)

再び船に乗り、島をいろいろな角度から見ました。
船着場から上陸して見えた景色と島の反対側の景色はずいぶん違います。

デジブック・フルウインドウで御覧ください。


ipadの方は下記URLから御覧ください。

http://www.digibook.net/d/16848993b05ca3582c222f83114084cc/?viewerMode=fullWindow


帰りの船の中では「軍艦島での当時の生活」が上映されました。
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山の中腹にはグラバー邸が見えました。
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長崎港到着です。
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LUCKY TAXIです。長崎のタクシーはBLUE TAXIが緑のライン一本、LUCKY TAXIがオレンジのライン一本とスッキリしたデザインでした。
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軍艦島へ出発する朝、ホテルの部屋から撮影した長崎港です。





つづく・・・メガネ橋

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景
長崎−7 福江島へ
長崎−8 椿茶屋

長崎−9 鎧瀬溶岩海岸・鬼岳

長崎−10 堂崎教会

長崎−11 浦頭カトリック教会

長崎−12 軍艦島へ

長崎−13 軍艦島上陸



イワタバコの花


2015.7.21

イワタバコの花が咲きました。湿った岸壁に咲く花です。
冬には枯れ、春に新しい芽を出します。
花に比べ葉は大きいです。
鹿沼土の上にミズゴケを敷き日陰で育てています。
3,4年に一度新しく出てきた芽を新しいミズゴケに植え替えます。
浅鉢で育てています。

              ISO100 f=3.2  シャッタースピード1/200
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長崎−13 軍艦島上陸


2015.6.23(火)


軍艦島上陸です。見学場所は狭いので3グループに分かれての見学です。
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島の中は廃墟で危険なので下図赤線の通路のみを通って見学です。説明してくれるガイドは三箇所に居ました。
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屋根は曲がり、大きな台風が来れば潰れそうです。
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30号アパートです。窓は全てなくなっています。
大正5年に建てられ、日本最古の7階建て鉄筋コンクリートの高層アパートです。

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コの字型の柱のが並んでいる場所は貯炭ベルトコンベアでここから石炭が出荷されたのです。
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一番高い所にあるアパート
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見学通路
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レンガ造りの建物は事務所だったところです。
一番高いところに白い灯台が立っていますが、以前は鉄骨でしたが、潮風で朽ちるのでプラスチック製にしたそうです。台風が来ると、一番高い灯台まで波が来るそうです。
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説明ガイドは写真を見せてくれながら当時の様子を話して下さいました。
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岸壁に建っているアパートは波除も兼ねているそうです。
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上の写真のようなレンガは天川(あまかわ)と呼ばれる石灰と赤土を混ぜた物を接着剤として使用したのでした。触ってみると硬い土になっていました。現在でもしっかりとレンガをつなぎとめています。
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島の電気は最初は自家発電を使っていましたが人口の増加で電力不足になり、高島から電気を海底ケーブルで供給されました。写真の穴は海底ケーブルの取り入れ口です。
水も最初は蒸留で作り、その後タンクで運ばれ、昭和32年には送水管が引かれました。
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プールもあったのです。
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見学を終えて船に乗り、海からもう一度軍艦島を見て帰りました。
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船が出ると次の船が岸壁に着きました。黒くかっこいい船です。デッキもありました。
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デジブックにまとめてみました。
フルウインドウで御覧ください。少しは迫力が伝わると思います。


ipadの方はこちらから御覧ください。
http://www.digibook.net/d/da54cddfa19b891c34e02783514144da/?viewerMode=fullWindow



つづく・・・・長崎−14 軍艦島を各角度から


長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景
長崎−7 福江島へ
長崎−8 椿茶屋

長崎−9 鎧瀬溶岩海岸・鬼岳

長崎−10 堂崎教会

長崎−11 浦頭カトリック教会

長崎−12 軍艦島へ




長崎−12 軍艦島へ


2015.6.23(火)


明治産業革命のひとつとして世界遺産候補にあがっている軍艦島へ行ってきました。

街中に長崎市役所があります。写真は第3別館です。現在市役所の移転計画があるそうですが、反対が起こっているそうです。よくある話です。街中の市役所の移転というと郊外へ移るので不便になると反対が起こるのです。小田原市役所の場合もそうでした。
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港に、イエローキャブではなくブルーキャブが居ました。
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港にあった軍艦島の模型です。
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手前の船が軍艦島行きの船で、黒船帆船は観光船です。
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観光船の船首には海の守り神が飾られていました。
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軍艦島往復の専用船です。
スタッフに右か左かどちらに座るのがいいか尋ねたところ右側と教えてくれました。
三菱造船のドックなどが右側にずらりと並んでいるからでした。
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船室には入らず、2階に上がり、左右に向けて並べられたプラスチックの椅子に座って行きました。
軍艦島までは約40分です。
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一昨日夕方入港した客船が出港して行きました。
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NAGASAKI DEZIMA WARF
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稲佐山
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船は長崎港の説明をしながら進みますが、昨日の福江島と重なりますので掲載しなかった部分を述べます。

L字型のジャイアントカンチクレーンは日本に初めて設置された最新式電動クレーンで、英国アップルビー社で製造されました。世界遺産になっています。
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茶色の建物も古そうです。
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LPGタンカーはガスを抜いたので船体が浮き、スクリューが見えています。
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長崎鉱業所はボイラーのチューブを作っている会社です。
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教会
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先日見たのとは別の建造中の大型客船です。日本の造船業は盛んになってきたのでしょうか?
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リゾート専用の島で地中海を連想します。
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島が多いためでしょうか?岩礁に灯台が立っていました。
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軍艦島が見えてきました。ビルの形がはっきりしてきました。
軍艦島は通称で正式名は端島(はしま)と言います。
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1901年頃は写真のように小さな岩礁でした。この状態から拡張して行ったのです。
端島は石炭を掘るために造られたのです。掘った石炭は良質で八幡製鉄所で使われたのです。
坑道は隣の島まで海底を掘っていったのでした。
30度の急勾配の坑道をトロッコに乗ってもぐって行ったらしいのですが
前向きでは恐ろしいので後ろ向きに座ったとのこと
海底の下での仕事、危険と隣合わせの厳しいものであったことでしょう。

1901年の端島


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まさに廃墟です。
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端島神社の祠だけが残っています。
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上陸用に整備された船着場です。
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レンガ積みの所もありました。
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つづく・・・長崎−13 軍艦島上陸

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景
長崎−7 福江島へ
長崎−8 椿茶屋

長崎−9 鎧瀬溶岩海岸・鬼岳

長崎−10 堂崎教会

長崎−11 浦頭カトリック教会






長崎−11 浦頭カトリック教会


2015.6.22(月)


船の形をしていると言われている「浦頭(うらがしら)カトリック教会」を見学しました。

明治12年(1879)マルマン師によって初代堂崎教会が設立され、以来各地に教会ができるまで、堂崎教会は全五島の司牧の拠点となっていた歴史ある教会です。

普通は一般公開していないのですがガイドさんが結婚式を上げた場所なので特別に中へ入れていただきました。内部は質素な教会でした。
カトリック信者の結婚について、一年をかけての教育など色々興味深い話を聞くことが出来ました。
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マリア像

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教会入口

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これで、福江島観光は終わり、福江港に戻りました。
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帰りはジェット船なので速く帰ることが出来ました。
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桟橋からの乗船
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ジェット船なので甲板へは上れません。
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湾に入る時、右に見える灯台は赤、左に見える灯台は白が多いです。
現在、出航しているので左に赤が見えています。
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長崎港に戻り、ホテルへ向かいました。港の近くに「文明堂カステラ本店」がみえました。
黒い壁に黒い屋根瓦の建物です。そこ金色のマークがついていました。
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右から「カステラ総本家」と書かれているのに歴史を感じます。
わかりにくいですが、 マーク全体が文明堂の「文」、右に「明」、左に「堂」、下に創業一族の「中川」の名だそうです。
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夕食です。
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つづく・・・長崎−12 軍艦島へ

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景
長崎−7 福江島へ
長崎−8 椿茶屋

長崎−9 鎧瀬溶岩海岸・鬼岳

長崎−10 堂崎教会




長崎−10 堂崎教会


2015.6.22(月)


堂崎教会
明治12年(1879)パリ外国宣教会マルマン師によって、堂崎に仮聖堂が建立され、ここを弾圧後の五島における宣教活動の拠点とましした。後任のペルー師によって建て替え工事が行われ、明治41年(1908)5月10日、現在の赤レンガ、ゴシック様式の天主堂が完成し、日本二十六聖人に捧げられました。当時の建築技術を物語る証しとして昭和49年(1974)4月9日長崎県の文化財に指定されました。

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『アルメイダの宣教』レリーフ
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マリア像
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マルマン、ペルー像

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内部は撮影禁止でした。
明るい内部でした。
内部写真は下記URLよりご覧ください。
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A0%82%E5%B4%8E%E6%95%99%E4%BC%9A&hl=ja&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=uA2hVavSEoXGuASGnYKYDg&ved=0CCkQsAQ&biw=941&bih=559&dpr=1.09#imgdii=H1ziSU4Q0MxiyM%3A%3BH1ziSU4Q0MxiyM%3A%3ByR2vFo-cAGDo9M%3A&imgrc=H1ziSU4Q0MxiyM%3A

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下の建物は公衆トイレでした。
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つづく・・・長崎−11 浦頭カトリック教会

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景
長崎−7 福江島へ
長崎−8 椿茶屋

長崎−9 鎧瀬溶岩海岸・鬼岳



大阪からの新幹線の帰り



2015.7.15


新大阪駅新幹線のホームにイエロードクターが停まっていました。
16:16発のひかりで帰ろうとホームに上った時の出来事です。
多くの人がカメラ・スマホを向けていました。
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名古屋駅のツインビル
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富士川からの富士山
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新東名と富士山
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本日岡山にいます

岡山に宿泊しています。午後四時ごろから後楽園と岡山城へ行って来ました。
カメラとタブレットを繋ぐケーブルを忘れてきたので後日写真をアップします。
明日は書写山に登って帰ろうと思っています

長崎−9 鎧瀬溶岩海岸・鬼岳



2015.6.22(月)


鎧瀬溶岩海岸
鬼岳火山から流出した溶岩が、海に延々7キロにわたって流れ込み、変化に富んだ海岸線を形づくっています。
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鎧瀬溶岩海岸の展望台から雨の中、幸運にも望むことが出来たお椀を伏せたような鬼岳です。
鬼岳は標高315mです。
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鬼岳は芝生で覆われています。着いた時は雨が降って頂上が見えなかったのですが、展望台へ着いた時に運よく雲が切れ一瞬頂上を見ることが出来ました。
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綺麗な芝生の鬼岳です。
奈良の若草山を思い出しました。
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町おこしで作ったプラネタリュームですが、夜しか星が見えないとのことでした。
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展望台から降りる頃にはまた靄がかかってきました。
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訪問したのは福江島の東海岸だけでした。
写真をクリックすると拡大します。
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赤いブイに囲まれた場所ははマグロの養殖らしいです。
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途中からバスを降りて湾の姿を見ながら歩いて堂崎教会へ行きました。
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美しい湾です。
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丸い石が二個寄り添うように並んでいますが・・・
石の筋により、満潮の時どこまで水位が上がってくるか解ります。
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岸から見る向きによってはひとつになってしまうマジックです。
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堂崎教会に到着しました。
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つづく・・・・長崎−10 堂崎教会

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景
長崎−7 福江島へ
長崎−8 椿茶屋



長崎−8 椿茶屋


2015.6.22(月)


福江港にある昔の灯台(常夜灯)
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五島列島の名物バラモン凧が港に飾ってありました。
ばらもん凧とは五島の方言で、「ばらか」に由来し、「荒々しく
 向こう見ず」、「活発で元気がいい」と言う意味に用いられていま
 す。
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バスの中から見えたのは福江城(石田城)跡の大手門です。
文久3年(1863)に五島盛徳が五島福江島の中心地に築城。文化5年(1808)にイギリス軍艦フェーントン号が長崎港に侵入し,海防の必要性が高まったので,肥前(長崎県)五島藩主は幕府に築城許可を願い出、完成したのは明治維新の5年前でした。現在は,石垣・大手門,城郭の一角に盛成の隠殿五島邸とその庭園が残り、本丸跡は高校になってます。
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城壁

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大手門の橋
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武家屋敷通り
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溶岩塊の石を積み上げ、その上に数段の丸石をのせた独特な石垣塀。
その丸石は「こぼれ石」と呼ばれていて、敵との戦い用とも泥棒よけとも云われているそうです

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石田城の築城時と同じ1863年(文久三年)に建てられて以来住み続けられながらもほぼ当初のままの姿で保存維持されている松園邸。
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葉タバコ栽培
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紫陽花
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食事処椿茶屋
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貝に色を付けて並べていました。
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囲炉裏を囲んでの昼食
「アジの開き」が炭火で焼かれています。
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五島牛の炭火焼き
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焼きキャベツ
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おにぎりは焼きおにぎりに、そして長方形のものは「五島名物かんころ餅」です。さつまいもを干した物をお餅に練り込んで成形しスライスしたものです。
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美味しかったので「かんころ餅」を購入しました。
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丸くて細い五島うどんです。少ししょっぱかったです。

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五島は塩も名産品です。
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椿茶屋付近の景色
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砂浜とエメラルドグリーンの海です。砂浜まで行きたかったのですが雨ではどうしようもありません。
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製塩です。火をくべて海水を蒸発させて塩をつくっていました。
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つづく・・・長崎−9 鎧瀬溶岩海岸・鬼岳

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景
長崎−7 福江島へ



長崎−7 福江島へ


2015.6.22(月)

長崎港から100km離れた五島列島で一番大きな福江島へ行ってきました。

長崎港ターミナルのエントランスホールです。
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フェリーに乗船して福江島へ向かいました。

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前日、入港したクルーズ船が停泊中でした。
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いよいよ乗船です。

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ボーディングブリッジです。映画に出てきそうな通路です。
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船が岸壁を離れるとターミナルビル全体が見えてきました。なかなかかっこいいです。
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建造中の液化天然ガスLNGタンカー
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イージス艦が配備されていました。
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建造中の世界最大級の豪華客船です。ビルの建設のようです。
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DOCK NO1の文字が見えます。
写真をクリックすると拡大します。
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BERTH NO2 船を停泊させる場所です。
クレーンが沢山あるので停泊させて修理するのでしょう。

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港の工場
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「女神大橋」(愛称:ヴイーナスウイング、長さ:1,289メートル)の下をくぐり湾外へ出て行きました。
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デッキ席
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船内

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約3時間かけての船旅でした。
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遠くに霞む小さな島々を見ながらの航海でした。
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福江島

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福江湾内へ向かいました。右に白い灯台、左に赤い灯台(アップの写真は帰路に撮影)です。
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福江島ターミナルボーディングブリッジ
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福江の町並み
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つづく・・・・長崎−8 椿茶屋

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け
長崎−6 長崎の夜景


長崎−6 長崎の夜景


2015.6.21(日)


矢太樓の夜景スポットは南館のロビーのベランダと本館の4Fのベランダです。

南館のロビーからでは本館の建物が少し邪魔になります。

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左には我々が泊った棟が見えます。
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少しづつ夜の帳が降り、観光クルーザーが入ってきました。
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本館のベランダからは一番広く夜景が眺められました。

三脚を持って行こうかどうしようか?と迷いましたが、キャリーバッグに入らず荷物になるのでやめました。
ベランダの手摺の上に置き撮影しました。

長崎は世界新三大夜景の一つだそうです。あとの二つは香港とモナコです。
長崎の夜景は優しい夜景です。
添乗員さんによると長崎市民は窓からの光を提供して協力しているのだそうです。

次第に暗くなる夜景をデジブック・フルウインドウで御覧ください。(写真17枚)



ipadの方はこちらから御覧ください。

http://www.digibook.net/d/7cd5af7f90dc831128e6b7b79f5ac4dc/?viewerMode=fullWindow


つづく・・・・・長崎−7 福江島へ

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園

長崎−5 長崎の夕焼け

長崎−5 長崎の夕焼け


2015.6.21(日)

宿は風頭山山頂に建つ「矢太樓南館」に2泊です。長崎の夜景が楽しみです。
部屋は3部屋が連なる和室でした。ネット口コミでは古く汚い、そして夜景も殆ど見えないというのがあったので心配しましたが、部屋の畳や壁紙が新しくなっていました。夜景も部屋から充分見られました。
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部屋の入口
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椅子が二つとテーブルが置いてある洋間です。ここからベランダへ出ることが出来ます。
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ベランダからの景色です。長崎湾が一望できました。
写真をクリックすると拡大します。出てきた写真をもう一度クリックするとさらに拡大します。
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夕食は「長崎卓袱(しっぽく)風会席」です。卓袱料理とはどういうものか期待したのですが宴会で出てくるような料理でした。
長崎卓袱料理とはWikiによると
中国料理西欧料理が日本化した宴会料理の一種。長崎市を発祥の地とし、大皿に盛られたコース料理を、円卓を囲んで味わう形式をもつ。和食中華洋食(主に出島に商館を構えた阿蘭陀、すなわちオランダ)の要素が互いに交じり合っていることから、和華蘭料理(わからんりょうり)とも評される。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%93%E8%A2%B1%E6%96%99%E7%90%86
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「おしながき」に「長崎天ぷら」とあったので何かと思うと
長崎てんぷらは、ポルトガル伝来の料理といわれ、普通のてんぷらに対して名づけられたものです。普通のてんぷらは、衣に味をつけずに揚げ、天つゆを添えますが、長崎てんぷらは、衣に味をつけよく練り混ぜて粘りを出してから揚げるため、ぽってりとした衣になり、冷めてもおいしく食べられます。長崎ではお総菜としてよく食べられています。
温かい普通の天ぷらの方が美味しいと思いました。
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長崎皿うどん
パリパリ麺の上にあんかけが乗ったものです。ご飯もあり、ボリュームの多い皿うどんは食べきれませんでした。冷えてしまっているのも食欲を減退させました。宴会料理の悪いところですね。
ランチで、皿うどんのみを熱々で食べる位がいいのではと感じました。

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長崎ちゃんぽん鍋
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食事の途中、時々、稲佐山に夕日が沈む姿を撮影しました。
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食事を終えて9Fのベランダへ行き、暗闇に灯る灯を待ちました。
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梅雨時なので少し靄がかかっているのが残念でした。スッキリした写真とはいきませんでした。
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つづく・・・・長崎−6 長崎の夜景

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2

長崎−4 平和公園




長崎−4 平和公園


2015.6.21(日)


平和公園にある平和祈念像の前に行くと、白かったと記憶していましたがブルーになっていました。
調べると、2000年に大修復が行われ青銅製になったそうです。

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平和祈念像の隣に折り鶴の塔が新しく出来ていました。
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そして「平和の泉」という噴水がありました。バックの山は稲佐山です。
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「平和の泉」へ行く途中に原爆で亡くなった長崎刑務所跡が整備されていました。
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公園には平和を象徴する彫刻がありました。
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「チリンチリン」がいましたが、おじさん暇そうです。150円でした。
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つづく・・・・・長崎−5 長崎の夕焼け

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1

長崎−3 グラバー園その2







長崎−3 グラバー園その2


2015.6.21(日)

旧リンガー住宅
イングランド出身のフレデリック・リンガーは1864年グラバー商会に勤務、その後、リンガー商会を設立して貿易、ホテル業、製茶、製粉等々多くの事業を行いました。

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蝶々夫人のオペラ歌手喜波貞子のパネルがありました。
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長崎湾の両岸を結ぶために2005年に建設された「ながさき女神大橋(愛称「ヴィーナスウイング)」がよく見えました。
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旧オルト住宅
石造りの洋館住宅で、旧グラバー住宅を手がけた小山秀により施工されました。

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明治20年、東山手の丘に建てられたミッション・スクール旧スチイル記念学校の建物。


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やっとグラバー邸に降りてきました。
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グラバー邸は1863年に建てられ、現存する日本最古の木造西洋建築です。
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花壇がある前の敷石には一枚ハート型の敷石が嵌めこまれていました。
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部屋にはグラバーと妻ツルの写真が飾ってありました。
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グラバー邸の模型。少しづつ継ぎ足して最後が今残っている形です。
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幕末の志士をかくまう隠し部屋があったそうです。
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サンルームではブーゲンビレアがよく咲いていました。
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グラバー邸からの眺め
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大浦天主堂に寄りましたが内部は撮影禁止でした。
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ネットに少し暗いですが内部の画像がありました。天井はフィレンツェのドゥオーモに似ていました。
大浦天主堂内部



駐車場への道は土産物店が並んでいて、そのうちの1軒に「ローマの真実の口」がありました。
アチラコチラで見かける真実の口です。小田原にもあります。

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長崎名物「チリンチリン」です。今は見られなくなった懐かしい、アイスクリームの街頭販売です。日除け傘が取り付けられています。長崎のあちこちで見た「チリンチリン」は150円が多かったです。
アイスクリームというよりシャーベットに近い感触でした。

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わが国ボウリング発祥の地 の碑が立っていました。

 日本最古のボウリング場は, わが国最初の英字新聞であり初の近代活版新聞である「ザ・ナガサキ・シッピング・リスト・アンド・アドバタイザー」に1861年(文久元年)6月22日の日付で新装開店の広告が掲載された, インターナショナル・ボウリング・サロンである。
 この史実をもとに, 昭和47年より6月22日を「ボウリングの日」として制定した。

 その後, 開港されていた横浜や神戸にも, ボウリングサロンが次々とオープンした。

1864年(元治元年)   5月7日付の英字新聞「ジャパン・ヘラルト」に
  横浜      横浜開港当時, 外国人居留地であった現在の
          “港の見える丘公園"内にボウリングサロンが開
          店したという広告が掲載された。
1869年(明治2年)    4月20日 神戸に, ボウリングレーン付の駐
  神戸      在外国人の会員制クラブ「ユニオンクラブ」が
          誕生した。その後現在の神戸市庁舎南隣の東
          遊園地に移転し, 「神戸クラブ」の名称で長い
          間親しまれた。
1952年(昭和27年)   12月20に, 東京・神宮外苑, 現在の秩父宮
  東京      ラグビー場付近に, 米軍の格納庫を利用し, 民
          間商業施設として日本初のボウリングセンター
          がオープンした。2002年で509周年を迎えた。

    2003年(平成15年)6月22日 「ボウリングの日」
       社団法人 日本ボウリング場協会
       (社団法人化30周年記念事業としてこの案内板を建てた)


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碑があるのは四海楼という中華料理店の横でした。
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つづく・・・・長崎−4 平和公園

長崎ー1  前泊と出発

長崎−2 グラバー園その1







長崎−2 グラバー園その1


2015.6.21(日)

30年ぶりの長崎市内です。以前はグラバー邸といっていたと思いますが、グラバー園に変わっていました。

大浦天主堂は後で寄ることにしてグラバー園へと向かいました。
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驚いたことにエスカレータができていました。
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一旦エスカレータを降りて更に上に上がっていきました。

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旧自由亭:江戸時代のはじめに日本で初めての西洋料理レストランだった建物です。現在は喫茶店となっています。

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更に高くなりました。
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エスカレータの最上には番地境と居留地境の石柱が集められていました。説明は下の写真を御覧ください。
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長崎湾が見えてきました。
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旧三菱第ニドックハウス
残念ながら修復工事中でした。ドッグハウスとは船がドッグに入っている間、乗船員が宿泊した施設のことです。
うっすらと建物の様子が解ります。
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ネットを見ると写真が出ていました。左右対称の美しい建物です。二階のベランダがいいですね。
第2ドッグハウス

ガザニアの道
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ブーゲンビリア
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三菱造船
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紫陽花が多く植えられていました。
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旧長崎地方裁判所長官舎
明治16年に建てられた建物です。
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旧ウォーカー住宅
イギリス出身の実業家でウォーカー商会を設立し、我が国最初の清涼飲料水製造業も手がけたウォーカーの次男が大浦天主堂のそばに建てた邸宅です。

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応接室
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グラバー邸ではなくグラバー園だという理由がわかってきました。グラバー邸の上に洋館が多く移築されていたのです。
グラバー園マップ

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日本が生んだ世界的プリマドナな三浦環(たまき)の像です。イタリアの作曲家・ジャコモ・プッチーニが作曲した歌劇「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」を30年の長きにわたり、世界各国で歌い続け日本婦人の愛の美徳を紹介した人物です
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転がっているコンクリートの円柱はリンガーが庭に作った日本初のテニスコートをならすローラーだそうです。
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つづく・・・・・ 長崎−3 グラバー園その2

長崎ー1  前泊と出発






長崎ー1  前泊と出発


2015.6.20(土)

長崎へのフライトの出発時間が早いので川崎にホテルを取り、最近川崎駅北西口に出来たラゾーナ川崎へ行ってきました。

ラゾーナ川崎ショッピングモールを出ると広場があり、各種イベントが行われる所のようです。
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ステージでは女性グループの歌が終わり挨拶をしているところでした。
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上に上がると爽やかに浜風が吹き抜けていました。
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パン好きの家内が見つけた「焼き立てパン食べ放題」BISTRO 309で夕食を取りました。
土曜日でもあるためか、小さな子供連れの家族が列を作っていました。

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次から次へと新しい焼たてパンが運ばれてきました。どれも美味しかったです。
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野菜サラダ
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鉄板の下を温めながら出てくるのでいつまでも温かいものが食べられるのが嬉しいです。
ホンデュハンバーグ
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ベーコンハンバーグ
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2015.6.21(日)

佐賀空港へ出発ですがフライトが10分遅れました。
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出発まで時間があるので、クレジットカードラウンジへ行きました。
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飛行機はANAでエアバスA320でした。
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バスで移動してタラップで上がりました。
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3+3シートの飛行機です。
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関空上空です
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翼には日の丸が描かれています。
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明石海峡大橋もくっきりと見えました。

晴れた日の飛行機は楽しいです。
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小さな島が沢山ある瀬戸内海に船の一団が見えました。漁船でしょうか?
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佐賀空港に到着です。滑走路は一本で驚いたことに滑走路をUターンしてターミナルに向かいました。
飛行機の数が少ないので出来ることです。

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飛行機がターミナルに停まるや否や飛行機の燃料をタンクローリーからホースで直接入れていました。
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つづく・・・長崎−2 グラバー園その1



昨日の風被害

2015.7.1

昨日の雨は強かっですが、それにもまして風が強かったです。
そのため、多くの被害が出てしまいました。
皆さんのところはどうでしたか?

一番心痛なのは今年の冬に接ぎ木をしたバラが接いだ場所から折れてしまったことです。
修復不可能です。
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駐車場まで倒れこんだバラです
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毎年多くの花をつける皇帝ダリアが4本なぎ倒されました。
一本はなんとか修復したのですが、後3本は廃却になってしまいました。
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グラジオラスはあちらこちらで倒れてしまい。一部切り花にしました。
残りは支え棒を打ち、ひもで縛り何とか生かせています。
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植木鉢は上から落ちて無残な姿になりました。
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中央線−1 日野駅舎

立川から西八王子へ向かう時、日野駅で途中下車して周辺を少し散策してきました。
JR中央線の電車が停まっている下に民家のような建物が見えます。
なんと、この民家らしき建物が日野駅舎です。
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駅舎の中で「銀のあん」というたい焼きを売っているのです。「日野駅」という看板がなければ、「たいやき屋さん」と言ってもおかしくありません。
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銀のあん」説明書き
銀のあん


大昌寺と八坂神社に立ち寄りました。
日野駅マップ

八坂神社の裏から見える大ケヤキ
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通りには日野用水が流れていたようです。今は暗渠になっています。
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日野用水が現れました。
多摩川を水源とし用水の総延長は日野市全域で170劼砲發覆蠅泙后F野用水に沿った道を下っていけば土方歳三の生家がある石田村に出ます。この辺りが小田原北条氏の支配を受けていた永禄10年(1567)、滝山城主、後の八王子城主北条氏照の力を借りて、美濃からやってきた上佐藤家の先祖である、佐藤隼人が日野用水を開削しました。
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大昌寺の脇門
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本堂
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参道
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大昌寺表門から
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八坂神社
創建年代は不詳ですが、社伝では応永5年(1398)普門寺が創建され、牛頭天王社の別当となり、明治2(1869)年八坂神社となりました。
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天然理心流の創始は寛政元年(1789)ころと推定されています。

創始者の近藤内蔵之助長碑裕は長江(静岡県)の人でしたが、二代目三助は戸吹(現八王子)、三代目周助は小山(現町田)、四代目勇が石原(現調布)と多摩地域と縁が深く、名主や豪農、八王子千人同心を中心に農民の間でも習われていました。

安政5年(1858)に奉献された剣術額には日野宿の剣士たち23名と近藤(嶋崎)勇、客分として沖田(惣次郎)総司の名が連ねてあります。

写真をクリックすると拡大し説明が読めます。
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おしまい






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