2016年09月
2016.9.10
国分寺駅傍にある殿ヶ谷戸庭園へ行ってきました。
大正2年〜4年に江口定條(後の満鉄副総裁)の別荘として整備され、昭和4年には三菱財閥の岩崎家の別邸となたのです。昭和49年都が購入し、公園として整備され昭和54年に市民に開放されました。
庭園の名称は、昔この地が国分寺村殿ヶ谷戸という地名であったことに由来します。
崖線を利用した回遊式庭園です。モミジの木が多いので紅葉の名所にもなっています。
庭園はデジブック・フルウインドウで御覧ください。
デジブックが見られない方は下記リンクをクリックして下さい。
殿ヶ谷戸庭園
庭園内に岩崎家時代の建物があり、内部はパネルで殿ヶ谷戸庭園の説明がありました。
殿ヶ谷戸庭園は以前、随宜園と呼ばれていました。
岩崎家の家系図
国分寺駅南口の像
お鷹の道−1 史跡通りとおたかの道湧水園
お鷹の道−2 真姿の池湧水群
お鷹の道−3 住宅街の小道
殿ヶ谷戸庭園
2016.9.10
真姿の池から再びお鷹の道を歩き、進むと徐々に住宅が見えてきました。
新しく造り変えていますが、長屋門を持つ家です。表札がかかり現在も住んでいる人がいるのです。
真福寺公園です。昔この場所に真福寺があったのでしょうか?
真福寺児童遊園地と書かれていました。
滝窪通りを行くと国分寺駅に着きました。
国分寺駅です。
つづく・・・殿ヶ谷戸公園
お鷹の道−1 史跡通りとおたかの道湧水園
お鷹の道−2 真姿の池湧水群
2016.9.10
江戸時代、国分寺村付近は尾張徳川家の御鷹場だったところから、崖線下で発生した湧水が野川へ注ぐ清流沿いの小道をいつの日からか「お鷹の道」と呼ばれるようになったそうです。
「おたかの道湧水園」の前からお鷹の道が始まります。
湧水が流れてきています。「ほたるのすむ川タニシをとらないでください」と書かれています。
お鷹の道マップ
小道から離れて真姿の池湧水群へ行きました。
湧水から流れた水路に沿って歩いていきます。
農家の人が湧水で野菜を洗い売っていました。
綺麗な水が流れています。
鳥居があり先には弁財天が祀られ、橋の左右に水が湧いている池がありました。
名水百選に選ばれている湧水群です。
嘉祥元年(848年)、絶世の美女といわれた玉造小町が病気に苦しみ、病の平癒を願い全国行脚をした際に、武蔵国分寺で願をかけたところ、「池で身を清めよ」との霊示を受けて快癒したとの言い伝えがあります。
透き通った池の水です。
木々が綺麗に写っています。水がきれいな証拠です。
水をわざわざ汲みに来ている人が居ました。
奥はハケの森で、奥への階段があったので上っていきました。
出た先は武蔵国分寺公園でしたのでここで戻りました。
つづく・・・お鷹の道−3 住宅街の小道
お鷹の道−1 史跡通りとおたかの道湧水園
2016.9.10
西国分寺駅からお鷹の道を歩きに行ってきました。武蔵国分寺跡 へ行ったときとは違うルートで出発です。
古い感じがする駅前のマンションです。
駅前から真っ直ぐ伸びる道路は「史跡通り」と名付けられています。この道を歩いてお鷹の道へ行きました。
両サイドは並木でマンションと住宅が並ぶ静かな通りです。
縄文土器の模様を型どったものが置かれていました。
旧本多住宅長屋門は残念ながら工事中でした。中はお鷹の道湧水園とふるさと文化財および武蔵国分寺資料館となっています。
長屋門の両サイドから修復が始まっています。
向かいにある「おたカフェ」で入園券を購入して中に入れるのです。
中に入ると武蔵国分寺の七重塔を縮尺で再現した塔がありました。
塔の左下に人間の形の絵(明日華姫)が描かれていたので実際の塔の大きさが想像できました。
明日華姫、はてな?で、調べてみると実在した姫ではなく武蔵国分寺をPRするイメージキャラクターのようです。
はけの森という崖線がつらなり、そこから湧水が出ている地域です。
この付近の湧水は野川の源流となっています。この場所は「おたかの道湧水園」と呼ばれています。
湧水の説明が書かれています。
興味のある方は拡大して御覧ください。
湧水ポイントですが遠くからではよく解りません。
園内には武蔵国分寺跡資料館があったので入ってみました。
武蔵国分寺跡の全体像を知ることが出来る模型が置いてありました。
右下に七重塔があり、中央が金堂、その後ろに講堂があり、ずっと奥に楼門が見えます。
手前から南門、中門、金堂です。
2Fには出土品が展示されていました。
小さな土偶が可愛かったです。
ブラタモリでも武蔵国分寺跡が紹介されたようですが見逃しました。
つづく・・・・お鷹の道−2 真姿の池湧水群
2016.9.3
多摩動物園駅は途中駅なので上りと下りがあります。
ホームから京王れーるランドの展示電車車両が見えました。
京王れーるランド
高い場所を走ってくる多摩モノレールです。
モノレール到着
多摩丘陵を走ります。
レールが無い?急降下で下ります。
カーブもあります。
レールの下に小さな車輪が列でいるのが見えます。多摩モノレールはレールの上をまたがるようにして走るタイプで小さな車輪で車輌を支えているのです。
多摩おしまい
多摩センター 「パルテノン大通り」と「きらめき池」の夜景
多摩センター 朝の散歩
多摩モノレールに乗る
多摩動物公園−1 コアラに会う
多摩動物公園−2 オラウンターの綱渡り
多摩動物公園−3 アフリカ園
多摩動物公園から多摩センター
2016.9.3
アフリカ園です。広いスペースにキリンやシマウマやペリカンなどが一緒に飼育されていました。
のどかです。
身動き一つせず一点を見つめるダチョウです。ダチョウは目が非常に良く5km先まで見えるという説があります。羽が黒いのでオスです。メスは茶褐色です。アフリカのサバンナに生息しています。
動物園に不思議なと言うか?場違いの建物が見えてきました。ライオンの家です。
ケニアの首都ナイロビにある回教寺院がモデルになっているそうです。
名物ライオンバスは閉鎖されていました。
バスに乗るとどのような状態でしょうか?バスでの観光の記事御覧ください。
ライオンバスに乗る
ライオンバスはこのような道を走るようです。バスが走るとライオンが寄ってくるのでしょう?
雌ライオン
ライオンのいる周りをグル〜ッと周りました。
耳が大きなアフリカ象です。アフリカ象はなんだか寂しそうで、アジア象の方が可愛かったです。
フラミンゴ
橋の右がライオンの居る場所です。
ライオンを管理するジープです。
寝そべっているライオン
ライオンの居場所
精悍なヒョウは起きていましたが、こちらを向いてくれませんでした。
タマゴダケを発見。毒々しくて毒キノコのように思われますが食べられるキノコです。
成長すると赤いキノコになります。
成長したタマゴダケです。
昆虫館の前のオブジェ。
イルミネーション用の動物
動物園出口近くにあるZoo Cafeに一休みしようと入ってみましたが雰囲気はもうひとつでしたので多摩センターへ戻りCafeに行くことにしました。
つづく・・・多摩動物公園から多摩センター
多摩センター 「パルテノン大通り」と「きらめき池」の夜景
多摩センター 朝の散歩
多摩モノレールに乗る
多摩動物公園−1 コアラに会う
多摩動物公園−2 オラウンターの綱渡り
2016.9.3
ワライカワセミ
カワセミ科の中では最大の大きさの種類でオーストラリアに生息しています。鳴き声が人間の笑い声に似ているのでワライカワセミと呼ばれているのです。見ている時は鳴かなかったのでネット検索すると下記のものがありました。かなりうるさい鳴き声です。
ワライカワセミ鳴き声
トラは穴の中でお休み中。
もう一匹居ましたがやはり寝ていました。
オラウンターの綱渡りを見に行く時間が少し遅れてしまい到着した時は第一鉄塔直前でしたが、かろうじて撮影できました。
第一鉄塔でじっとして動かなくなってしまい、観客はあきらめて他の場所へ移動してしまいました。
オリの中に居たオラウンターです。毛がふさふさして想像していたより大きな動物でした。
耳が小さいアジアゾウ。つぶらな瞳に長い鼻はいつ見ても愛らしいです。
多摩動物公園にはレストランがありますが、外にベンチとテーブルを置いてある場所が多いです。
お弁当を持って出かけるのがいいですね。私もここでおにぎりを食べました。
ツンドラ地方に住むシロフクロウ。暑い多摩で大丈夫かな?フクロウは夜行性なので寝ているのか身動きひとつしませんでした。黒が混ざっているのでメスのフクロウです。
大きなゲージにいるのは大鷲です。
人が少ない休憩所。
ゲージの中にたくさんいる鳥は西洋では赤ちゃんを運んでくると言われているコウノトリです。
日本では1971年に絶滅しましたが、ロシアや中国から贈られ、飼育が始まりかなりの数が育ち、野生に戻す試みも始まりました。
つづく・・・多摩動物公園−3 アフリカ園
多摩センター 「パルテノン大通り」と「きらめき池」の夜景
多摩センター 朝の散歩
多摩モノレールに乗る
摩動物園−1 コアラに会う
2016.9.3
モノレールを降りて多摩動物公園に来ました。
多摩動物公園に来た目的はコアラ見物です。途中下車で高幡不動に行った折、若宮通りの入口にコアラが描かれていた為調べて、多摩動物公園にコアラがいることを知ったのです。
入場門をくぐると、園内循環のシマウマバスが来たので、バスでコアラがいるオーストラリア園へ行きました。
バスを降りるとカバがカメラ目線でお出向えです。
大きな体をしています。近年、中国やタイでカバの角を削って食べると病気が治るという噂が広がっており、高値でカバの角が取引され、密猟で絶滅の危機にあるとのことです。
孔雀が道路傍の草を食べていました。放し飼いでしょうか?
コアラがいる多摩動物公園専用のマンホールの蓋
コアラのぬいぐるみと記念撮影してもらえるブースがありました。
コアラ館です。コアラは外ではなく建物の中にいました。
建物の中に入ると最初はコアラの説明パネルが並んでいました。
いよいよコアラがいるドームです。
何処にいるのかな?という感じです。
居ましたがぐっすりネンネです。気に頭をもたれさせて枝を抱いて寝ています。
調べるとコアラは一日のうち18−20時間寝ているそうです。活動時間は早朝や夕方とのことです。
動物園は早朝開いてないので夕方来ないと動いているコアラは見ることが出来ないのでしょう。
こちらは木の二股に首を挟んで寝ています。
いずれも可愛いです。
外ではアカカンガルーがいましたが暑いためか?ほとんどが日陰で寝そべっていました。
こちらはワラビーです。カンガルーの小型でネズミのような顔をしています。
ダチョウの仲間のエミュー
ツンドラ地帯に住み、サンタクロースを乗せて空を走るトナカイです。
立派な角です。
いわゆる動物園の雰囲気ではありません。森のなかをハイキングしていると動物に出会う感じです。広いこともありハイキング感覚で来るのが良さそうです。動物園特有の臭い匂いは少ないです。
つづく・・・多摩動物公園−2 オラウンターの綱渡り
多摩センター 「パルテノン大通り」と「きらめき池」の夜景
多摩センター 朝の散歩
多摩モノレールに乗る
2016.9.3
多摩センタから立川を経て上北台まで走っている多摩モノレールに初めて乗車しました。
多摩センター駅です。京王や小田急の駅とは別の場所にあります。
車輪をイメージしたモノレールの駅舎で、関東の駅百選に選ばれています。
ホームは3階にあります。
一番前の席に座り眺めを楽しみました。
右下に京王線の電車が見えています。
多摩センター駅前に両渡りポイントが見えています。駅へは一車線で出入りするのです。
多摩動物公園に行くために多摩モノレールに乗車しました。
多摩丘陵には3つの大学があり、通学に利用されている路線なのです。
帝京大学八王子キャンパスの建物。私が大学生だった頃と比べると信じられない高層ビルとなっています。
高い場所を走っているのがお判りでしょう。
高い所を走っているのにトンネルがあるとは予想しませんでした。
多摩丘陵トンネルです。トンネルを越えるとすぐ多摩動物公園駅です。
多摩動物公園入口。象が出迎えてくれます。
つつく・・・摩動物園−1 コアラに会う
多摩センター 「パルテノン大通り」と「きらめき池」の夜景
多摩センター 朝の散歩
2016.9.3
前日は夜で暗かったので周囲の風景が見られませんでしたので朝食の後、サンリオピューロランド方面を散歩しました。
不思議な形のオブジェがビルの入口に置かれている建物は進研ゼミで知られているベネッセコーポレーション東京本部でした。
後で知ったのですが地上100mに位置する展望フロアーからは天気がよければ、富士山や新宿の高層ビル群まで見渡すことができるそうです。
サンリーオピューロランドが見えてきました。
土曜日なので子供連れの人が開場を待って並んでいました。
サンリオピューロランドへの通りはハローキティーストリートと呼ぶらしいです。
多摩センター駅
「きらめきの池」への階段。
昨晩は暗かったので、もう一度「きらめきの池」行くことにしました。
階段の横に「パルテノン多摩」という建物があり、エレベータで上まで行けるのではないかと建物の中に入りました。
中に入ると太い柱がある空間でした。コンサートや各種イベントに使われるホールがあるパルテノン多摩でした。
エレベータで昨晩上った場所に出ることが出来ました。
「多摩中央公園」はデジブック・フルウインドウで御覧ください。
上記から見られない方は下記ハイパーリンクをクリックして下さい。
多摩中央公園
つづく・・・多摩モノレールに乗る
多摩センター 「きらめき池」夜景
2016.9.2
多摩センターの京王プラザホテルに宿泊したので午後9時頃カメラを持って駅前の通りと「きらめきの池」へ出かけてきました。
「きらめきの池」周辺は真っ暗でしたが、デジカメの眼は私の眼よりも感度が良かったです。
手持ち撮影モードでの撮影です。
デジブック・フルウインドウで御覧ください。(写真22枚)
見られない方は下記リンクより御覧ください。
多摩センター 「パルテノン大通り」と「きらめき池」の夜景
つづく・・・多摩センター 朝の散歩
2016.9.2
楼門をまっすぐ南下すると武蔵国分寺跡に着きました。
推定される寺域は僧寺金堂を中心に東西1,5km、南北1kmの範囲だそうです。
最初の講堂跡は最も北に位置しています。北から南に歩いていきます。
公園のような最初の場所は講堂跡です。
写真をクリックすると拡大します。
拡大すると講堂の幅29mの礎石がわかります
武蔵国分寺の伽藍配置図です。
写真の辺りが金堂の位置だと思います。
金堂は東西約36m南北約17mの建物だったのです。
更に南下すると右も左も草原でした。ここは国分寺境内です。
中門辺りに立って国分寺跡境内を眺めた写真です。木々がある場所までが国分寺跡です。
次は五重塔が建っていた東の場所に移動しました。
七重塔が立っていた場所です。
七重塔の位置に礎石が置かれていました。
七重塔の傍にあった台座ですが何に使われたのか解りません。
秋の味覚クリの木が植えられていました。
国分寺跡から帰り道、国分寺の隣に神社があるのを発見しました。
千木(ちぎ)が沢山点いています。千木が垂直に切られているので女神を祀っている神社です。
男神の場合は千木を水平にカットします。
神社内に竪穴住居跡がありました。
竪穴住居は下の写真のようなものです。
つづく・・・多摩センターパルテノンの夜景
武蔵国分寺−1 東山道武蔵路
武蔵国分寺ー2 武蔵国分寺公園
武蔵国分寺ー3 薬師堂
武蔵国分寺−4 武蔵国分寺跡
2016.9.2
東山道武蔵路を歩いた後は武蔵国分寺公園へと足を運びました。
広い芝生がある公園です。水が流れるそばのベンチは風が吹き気持ち良い場所でした。ベンチに座り読書する人も居ました。
公園はデジブック・フルウインドウで御覧ください。(写真17枚)
上から見られない方は下記ハイパーリンクをクリックして下さい。
武蔵国分寺公園
つづく・・・武蔵国分寺ー3 薬師堂
武蔵国分寺−1 東山道武蔵路
2016.9.10
新宿にゴジラが現れてから一年少し経っていますが、チャンスが無く見に行けていませんでした。
しかし、機会が出来、会うことが出来ました。
顔を少しだけ出したゴジラです。
爪が凄いです。
首を伸ばし、大きな口を開け、にらんでいます。
目はあやしい光を放っています。
映画「シン・ゴジラ」はご覧になりましたか?私は封切り3日目に見て来ました。
ゴジラに対する総理大臣、官僚、警察隊、自衛隊、米軍の連携を興味深く見ることが出来ました。
東日本大震災・福島第一原子力発電所を匂わすストーリーで福島第一原発の終息を見ないと、映画でのゴジラの終息も分からないのでしょう。次作はどの様なストーリーになるのでしょう?
「米国大統領特使役」石原さとみの英語力が酷評されていますが、色っぽく、かっこよかったと私は思いました。
シン・ゴジラはCGですが、ゴジラは狂言師の野村萬斎が演じたのです。そしてシン・ゴジラが手のひらを上にしているのは「シン」=新、真、神の意味があり、神・釈迦等は手のひらを上にしているのが多いのでそのようにしたそうです。
初代ゴジラはぬいぐるみで撮影し、中に入った俳優は動物園で象がすり足で歩いていることを発見し、すり足は能・狂言の動きということで能や狂言の動きを真似たそうです。
2016.9.13の新聞に「シン・ゴジラ」快進撃のワケが載っていました。
45日間の興行収入は65.6億円だそうです。
2016.9.2
奈良時代に聖武天皇の詔により日本各地に建立された国分寺のうち、武蔵国分寺の後継寺院にあたる武蔵国分寺の薬師堂に横から入りました。本尊は木造の薬師如来坐像です。
薬師如来坐像の説明です。写真をクリックすると拡大します。
入口から見た薬師堂。
薬師堂の上から仁王門が見えました。
仁王門にはあ、うんの仁王がありましたが写真は撮影できませんでした。
仁王門を出ると左に楼門が見えました。
年代を感じさせてくれる楼門です。
門柱の右には武蔵国、左には国分寺と刻まれています。
門を入ると右には歌の立て札が並んでいました。立て札に書かれた歌と草花が一致しているどうか解りません。
シュウカイドウの群生。
やさしい感じのシュウカイドウです。
近くに湧水があるのでそこから引いた水かも知れません。
国分寺の外に「お鷹の道」というのがありました。後日歩いて見たいと思います。
つづく・・・武蔵国分寺−4 武蔵国分寺跡
武蔵国分寺−1 東山道武蔵路
武蔵国分寺ー2 武蔵国分寺公園
2016.9.2
中央線に国分寺駅があるので、もしや国分寺があった場所では?
と、調べると、国分寺跡がありました。武蔵国分寺です。
国分寺駅の西に西国分寺駅があり、こちらの方が近いと分かり西国分寺駅で降りました。
西国分寺駅の短いアーケード
駅前の案内図
武蔵野線の下をくぐり府中街道を横切り、マンション群を抜け東山道武蔵路に出ました。
出た先は東山道武蔵路という古代の道です。
東山道武蔵路は古代に造られた官道の一つで、上野国・下野国から武蔵国を南北方向に通って武蔵国の国府に至る幅12m程の直線道路でした
東山道武蔵路のイメージ図です。写真をクリックすると拡大します。
赤線が今回歩いた武蔵国分寺の道です。
つづく・・・武蔵国分寺ー2 武蔵国分寺公園
2016.3.9
北野神社といえば思い浮かぶのは京都の北野神社です。
八王子でちょっと時間が出来て、地図を眺めていると京王八王子駅からひと駅の北野駅が目に入り、駅周辺のマップを拡大すると北野神社があり、行ってみることにしました。北野駅という名前も北野神社に関係しているのでしょう。
駅からすぐの神社です。
新しい駅舎です。
かつて北野付近の一帯は、自然が豊かな土地て農業が営まれていたそうです。
しかし、時代は移り変わり、より良い生活環境をつくることを目的に、昭和41年土地区画整理事業による街づくりが計画され、その年に着手した事業は、15年の歳月をかけて昭和56年に完成しました。
北野駅一日乗降人数平均は1955年(昭和30年)1122 |
|
1995年(平成7年) | 20,545人となり |
2015年(平成27年) | 22,357人となっています。 |
駅前には以前の姿を後世に伝えるため「田植えの像」が建立されていました。
女性2人が稲の苗を植え、男性は笠に手を当て遠くを仰ぐ姿です。
説明板の文字が読みにくいですが、興味のある方は拡大してお読み下さい。
北野神社が見えてきました。
北野天満社と書かれています。
3月上旬だったので菅原道真が愛した梅の花が咲いていました。
中央が北野天満社拝殿、右は鹽竈神社です。
創建年代は不詳ですが、横山党の一族が、京都の北野天満宮から御分霊を勧請したものです。寛文4年(1664)龍華山大義寺(八王子市元横山町)の真上法印が社殿を再建したといわれています。
北野天満社拝殿
北野天満社拝殿の後ろに屋根がかぶさった古い社がありましたが、こちらが本殿なのでしょうか?
鹽竈神社(しおがまじんじゃ)
鹽竈神社の裏に石器時代の住居跡がありました。
由比第一小学校で発掘され移設されたものです。
境内には大きな木がたくさんありました。ケヤキやイチョウだと思います。
舞台もありました。
北野天満社拝殿に掛かる梅の花
藻が生えている池です。
池の傍には大きなご神木のケヤキがありました。
大ケヤキの横にあった道祖神です。村内安全と彫られています。
天満宮の正面に道幅の狭い道が伸びていました。昔の参道だったのかもしれません。
北野駅の裏側は一級河川湯殿川が流れていました。
現在は拓殖大学敷地内の調整池が源流となっているそうです。
駅の裏側を八王子バイパスが走っていました。
おしまい
2016.5.9
小田急海老名駅から「ららぽーと」へ行く通路です。
歩く歩道もあります。
ららぽーとが見えてきました。
相模線への通路でもあるのです。この通路が出来るまでは、何もない広場を歩いて行ったのです。
今度は雨に濡れずに行けるようになりました。
マップで見るとこの距離です。
ららぽーと入口
2Fから入ります。
1F正面の列ができている店です。何が目当てかな?
チーズタルトでした。
以下、ららぽーと内の写真です。当然のことですが綺麗なショッピング街です。
行った時はショッピングする人は疎らでした。
一周りして「丸の内CAFE会」で一休みして帰りました。
ゆったりした椅子なのでくつろげます。
ららぽーとの帰り、通路から小田急の撮り鉄をしました。
海老名 おしまい
相模国分寺−1 七重の塔の1/3モニュメント
相模国分寺−2 現在の相模国分寺
相模国分寺−3 相模国分寺跡
相模国分寺−4 海老名駅に戻る
相模国分寺−5 ららぽーと海老名
2016.5.9
相模国分寺跡の傍にある「国分寺そば」です。
最初、ここで昼食の予定でしたがネットで調べると定休日でした。
こんなに大きな蕎麦屋とは思いませんでした。
駐車場は裏にあります。
ビナウォークへ戻ってきました。
鉄道模型を持込運転できる店です。
レール仕様料金
小田急電車の運転席があり、運転シミュレーションが出来ます。
運転席からの映像が流れます。
海老名ー横浜を走る相鉄線海老名駅
つづく・・・相模国分寺−5 ららぽーと海老名
相模国分寺−1 七重の塔の1/3モニュメント
相模国分寺−2 現在の相模国分寺
相模国分寺−3 相模国分寺跡
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