花咲かすおじさん

グリーンヒルに移ってから、薔薇を中心とした庭を造り、一年中花が咲いている庭を目指しています。ブログには庭を中心とした花や、旅ブラで撮影した画像をデジブック等で紹介しています。庭もブログも花いっぱいにしたいと思います。

2021年08月

龍宮殿−1 ロビーと温泉


2021.8.6

一度は行ってみたいと思っていた龍宮殿のチケットをホテルでもらいました。
ホテルチェックアウト後、プリンスホテル龍宮殿へ行きました。
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龍宮殿は浜名湖に建てられた高級ホテルでしたが、経営がうまく行かず芦ノ湖湖畔に移築されました。現在は宿泊や、日帰り温泉の施設になっています。
龍宮殿の歴史を詳しく知りたい方は下記リンクをご覧ください。
プリンスホテル龍宮殿の歴史


龍宮殿本館玄関です。
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龍宮殿は宇治平等院の鳳凰堂をモデルにして造られた建物で国登録有形文化財に指定されています。
建物の端に物見櫓が付いています。
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玄関を入ると壁面は昭和の薫りがする懐かしいタイルが貼られていました。
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龍宮殿案内図です。鳳凰堂をモデルにしているので横に長い建物です。
写真をクリックすると拡大します。
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二階への階段ですが立入禁止です。
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階段上部、吹き抜け天井のシャンデリアです。装飾用組木も見えています。
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吹き抜けの天井と二階の回廊が見られます。
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温泉は誰もいなくて、広々として、芦ノ湖と富士山が見え快適でした。
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内風呂はガラス張りで、手入れが行き届き透明で外との一体感を感じました。
なお、露天風呂は内風呂の右手にあり、二人いましたので撮影できませんでした。
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つづく・・・龍宮殿−2 昼食・露天風呂・休憩所





プリンスホテル箱根芦ノ湖−5 チェックアウト


2021.8.6

11時になったのでチェックアウトのためロビーへ行きました。
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細長いロビーの左右にテーブルと椅子が並んでいます。
天井は黄金のカーテンのようです。
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ホテル玄関
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玄関前のロータリー
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玄関脇はベランダになっていました。
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ホテル本館(玄関)です。
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つづく・・・龍宮殿


プリンスホテル箱根芦ノ湖−1 露天風呂
プリンスホテル箱根芦ノ湖−2 夕方の湖畔
プリンスホテル箱根芦ノ湖−3 夕食
プリンスホテル箱根芦ノ湖−4 朝食・散歩





プリンスホテル箱根芦ノ湖−4 朝食・散歩


2021.8.6

朝食に行く途中の景色です。
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_のぶひこからの写真 (1)

和食を選んだので、円形の建物で朝食でした。
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内側の壁面はレンガが積まれ、バルコニーのある城壁のような雰囲気です。
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天井には馬が飾られています。
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窓の外に富士山がよく見えていました。
スタッフによると一昨日までずっと富士山は見えなかったとのことでラッキーでした。
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ZUISOスライドショーより朝の散歩風景を御覧ください。
プリンスホテル箱根芦ノ湖  朝散歩

ホテルの桟橋から撮影した動画です。



つづく・・・チェックアウト

プリンスホテル箱根芦ノ湖−1 露天風呂
プリンスホテル箱根芦ノ湖−2 夕方の湖畔
プリンスホテル箱根芦ノ湖−3 夕食




プリンスホテル箱根芦ノ湖−3 夕食


2021.8.5

プリンスホテル箱根芦ノ湖宿泊のセットディナーはレイクサイド・グリルでした。

レイクサイド・グリル前の待合室にあった木彫りの親子熊です。
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グリル入口に、昆虫採集の出で立ちの木彫りのフクロウが飾ってありました。
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メニューです。
ビュッフェスタイルですが、まず前菜とサラダは個々に運ばれます。
メニュー表の右の品はQRコードを自分のスマホに読み取り、品名と個数を入力し送信すると持ってきてくれるというコロナ対応のシステムでした。
フルーツとデザートは自分で行って、希望するものを貰うようになっていました。
飲み物はアルコール類は無く、ソフトドリンクは個々にビニール手袋をはめて入れて持ってくることになっていました。
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前菜
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サラダは冷えたガラスカップに入っており、上にドレッシングが乗っていました。
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枝豆スープ
スープ

ブイヤーベース
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エビシュウマイとフカヒレ餃子
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豚肉のグリル
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生ハムとしらすのピザ
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和牛ローストビーフ
霜降り肉の柔らかいローストビーフでした。
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富士鶏ソティー
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鯵ご飯とお茶漬けだし汁
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炙りサーモンとイクラの小鉢
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写真には無いですがラザーニャやエビチリも頼みました。
カレーは黒く辛かったです。
どれも量が少なく、お腹にもたれないので、たくさんの種類を楽しめました。

フルーツとデザートです。
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ベイサイド・グリルの席
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食事後部屋でくつろぎ、再度温泉に行きました。
湖畔の湯へ行くのに外へ出る通路です。
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つづく・・・プリンスホテル箱根芦ノ湖−4 朝食・散歩

プリンスホテル箱根芦ノ湖−1 露天風呂
プリンスホテル箱根芦ノ湖−2 夕方の湖畔






 

プリンスホテル箱根芦ノ湖−2 夕方の湖畔


2021.8.5

夕食まで15分間あったので湖畔を散策しました。

ZUISOスライドショーで御覧ください。
プリンスホテル箱根芦ノ湖  湖畔散歩


つづく・・・プリンスホテル箱根芦ノ湖−3 夕食

プリンスホテル箱根芦ノ湖−1 露天風呂



 

プリンスホテル箱根芦ノ湖−1 露天風呂


2021.8.5

孫が夏休みに入り10日間自宅での生活に徹した後、プリンスホテル箱根芦ノ湖に宿泊するというので合流しました。
次女家族は表参道からロマンスカーに乗り、小田原からホテルのシャトルバスで箱根新道を通ってお昼頃ホテルに到着しました。
私達は午後3時に小田原を出て35分でプリンスに到着しました。

久しぶりに見る芦ノ湖です。神社通りの車の中からの撮影です。
観光船が三隻浮かんでいました。写真をクリックすると拡大します。
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ロビーから一度、エレベータで下に下りて、別のエレベータで三階に上りました。
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エレベータ横から見える景色
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エレベータ前のスペース
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ホテルは少し変わった形をしています。
右下が宿泊した棟で、露天風呂は中央の上、夕食会場はその下、その右の丸い所が朝食会場の「なだ万」でした。リゾートホテルでゆったりしていますが、移動に結構歩かなければならないホテルです。グレーの線は遊歩道です。
昔、会社の提携ホテルになっていたので、お正月でも一人5千円で泊まれ、長女と一緒に来たことがあります。
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部屋は山側で緑に囲まれています。
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ベランダ付きです。
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一息ついて露天風呂に行きました。

露天風呂への通路にあるショップ(左)です。
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通路から見える芦ノ湖
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一度建物から外に出て湖畔の湯へ行きました。
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誰も居なかったので湖畔の湯を撮影できました。寝る前に入った時も人はいませんでした。
手前が内風呂で、向こうが露天風呂です。
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もう少し前に進んで撮影しました。
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プリンスホテルを以前利用した時は、露天風呂の周りには目隠しの紫陽花や木が無く、芝生の先に湖が見え、広々とした景色が見渡せたと記憶しています。宿泊した今回、少し残念でした。
植栽の向こうの白い部分が芦ノ湖です。
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つづく・・・プリンスホテル箱根芦ノ湖−2 夕方の湖畔






開成駅 ロマンスカー


2021.8.20

昼過ぎに小田急開成駅下りホームへ降りると引込線にロマンスカーが3台停まっており、ロマンスカーの並ぶ姿にわくわくしました。

青い車両は東京メトロと小田急を走るMSE(60000形)です。
参考:https://www.odakyu.jp/romancecar/features/line_up/60000/

白い車両はVSE(50000形)です。
参考:https://www.odakyu.jp/romancecar/features/line_up/50000/
コロナが早く収束してロマンスカーで旅行に行けますように!
写真をクリックすると全体が見えます。
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トルコ旅行−22 イスタンブール5 バザール


2006.6.19

第9日目(6月19日月曜日)
旅の最終日はバザールで買い物をして午後便で帰国の途につきました。

イスタンブール旧市街にあるグランドバザールは市場の感じでした。店は小さく区切られ、雑多な商品が所狭しと陳列されていました。
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価格タグは付いていないので、気に入ったものを見つけたら店員に「いくらですか?」とまず聞きます。「え??」と思う高い値段が返ってきます。
そこで「いくらになりますか?」「まだ高いです。」「いくらなら買いますか?」とやり取りをしながら値段を交渉しました。
そのやり取りをしながら、どんどん安くしてもらいます。
同じ商品でも人によって価格が違う買い物をすることになります。
2〜3回交渉すると「こつ」がわかって来ました。
「その値段ではいらない」と言って店を出ようとすると、もう一段と値段を下げてくる時もありました。そこまで粘るのが「こつ」です。
でも、売り手側にも限度があって、その値段以下には絶対下げません。その頃合を見計りながら買い物をする楽しさがあります。
ひとつの買い物に時間がかかりました。
セットの物もバラで購入できます。バザールでチャイのグラスセットを3セット
購入しましたが元は6セットでした。6セットもいらないと言うと3セットで売ってくれました。帰りに「もう1セットどうですか?」と勧める商魂たくましいところがありました。
バザールの中は迷路のようになっているので「メインストリートからそれたら、まっすぐ歩き、まっすぐメインストリートへ戻ってください」と言うのがガイドさんのアドバイスでした。
つい横に曲がり、一瞬方角がわからなくなりました。
とにかく、広いので、買うものが決まっているときは事前に地図を見て購入物ゾーンを調べていかないと決められた時間に行き着けません。

バザールでの買い物時間はまたたく間に終わり昼食会場へ向いました。
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イスタンブールの街並みはきれいです。タクシーはアメリカと同じイエローキャブです。
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バスが路地を抜ける時、バスの中から撮った写真です。レストランの二階から手を振っていますが一歩前に出ると落ちてしまいます。
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街角には花屋さんがテントを張って並んでいました。とてもカラフルで華やかでした。
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名物、ドーナツ売りのワゴンです。売れている気配はありませんでした。とうもろこし売りのワゴンもありました。旅行仲間が試しにとうもろこしを購入し、皆に回してくれましたが、香りがなくパサパサしておいしくありませんでした。仲間の一人がまずいので犬にあげましたが、犬にさえ見向きもされませんでした。
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お昼は「Tokyo」という和食レストランでした。
バスを降りてイスタンブールの路地を歩きました。
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調味料入れや湯呑など和製のものでした。
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大した中身ではありませんでしたが、久しぶりの和食に一同ほっとしたようでした。
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広い道路まで歩いてバスに乗り、空港へ向かいました。
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石造り2 階建てのヴァレンス水道橋の下をバスでくぐりました。
ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝時代に建設が始まり、ヴァレンス帝の378年に完成しました。建設当時は1kmあったが現存するのは800mだそうです。
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イスタンブールの街を守る為、コンスタンティヌス一世の時代から多くの城壁が造られました。城壁断面を見ると3重になっていました。
時間があれば城壁めぐりも面白そうです。
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飛行機は予定時刻にイスタンブールを出発しました。
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楽しく過ごした人達(すでに帰られた人もいますが)と最後に羽田で記念撮影です。姉夫婦とは既に関空で別れていました。
色々な海外ツアーの中でも一番楽しかったツアー仲間でした。
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購入したお土産の数々です。
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【最後に】
トルコのイメージは行くまではアジアの果て、中近東のイスラム社会というちょっと重い感じでしたが覆されました。バスでたくさんの場所を走りましたが、遺跡、様々な自然現象で作り出された不思議な光景、イスラム教独特の建造物、人懐っこいトルコ人との交わり等、バラエティーに富んだ楽しさを味わうことが出来ました。
予想していたより大変面白い旅でした。ぜひ、訪れてみたい国の候補に入れてください。ただし、ツアーバスは長い距離を走ります。
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今回は駆け足でしたが、イスタンブールはじっくり滞在すると見所も多く楽しい街だと感じました。
まだ写真記録媒体の容量が少ない時代でしたのでデジカメ撮影枚数は約500枚でした。

トルコの旅おしまい

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1
トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2
トルコ旅行−8 昼食と革製品
トルコ旅行−9 パムッカレ
トルコ旅行−10 コンヤへ
トルコ旅行−11 コンヤ
トルコ旅行ー12 コンヤからカッパドキアへ
トルコ旅行−13 カッパドキア1 ギョレメ
トルコ旅行−14 カッパドキア2 トルコ絨毯
トルコ旅行−15 カッパドキア3 地下都市巡り
トルコ旅行−16 カッパドキア4 トレッキング
トルコ旅行−17 首都アンカラ
トルコ旅行−18 イスタンブール1・ガラタ橋周辺
トルコ旅行−19 イスタンブール2 トプカプ宮殿
トルコ旅行−20 イスタンブール3 アヤソフィア・ブルーモスク
トルコ旅行ー21 イスタンブール4 ボスボラス海峡クルーズ
トルコ旅行−22 イスタンブール5 バザール 





トルコ旅行ー21 イスタンブール4 ボスボラス海峡クルーズ 


 2006.6.18

トルコ8日目は朝アンカラを出発し、昼前にイスタンブールに到着し、その後トプカプ宮殿、アヤソフィア、ブルーモスクの見学を終え、最後はボスポラス海峡クルーズに参加しました。船はツアー専用になっていて少人数でゆったりと過ごせました。
船は船長家族が住んでいるらしくかわいい女の子が出迎えてくれました。トルコの子供は「明るく無邪気でかわいい」という印象でした。
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赤線の距離10kmを往復しました。上が黒海です。
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ボスボラス海峡のアジアサイドです。
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クルーズをゆったりと楽しんでいるツアーメンバーです。
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19世紀中頃建設されたヨーロッパサイドのドルマバフチェ宮殿です。
現在は迎賓館兼博物館として使用され観光できるそうです。
内部の豪華さや宮殿の歴史にいつては下記URLを御覧ください。
https://kumiko-jp.com/archives/273882.html
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全長600mある長いドルマバフチェ宮殿です。
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アジアとヨーロッパを結ぶ第一ボスボラス大橋です。今、ヨーロッパとアジアの境目にいることになります。
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ボスボラス第一大橋をくぐりました。
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第二 ボスボラス大橋の側にはルメリ・ヒサールの立派な要塞が見えました。
要塞はボスボラス海峡で一番狭い場所に、4ヶ月で完成したそうです。
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舟は橋で引き返し、黒海までは行きませんでした。


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林の中に家が点在しているアジアサイドのリゾート地です。私が住むグリーンヒルに似ていますが、こちらの家々は色、形に統一性があり、しゃれていると思いました。
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アジアサイドに建つオスマン帝国後期の迎賓館ベイレルベイ宮殿です。スルタンが夏を過ごすために建てられました。
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オスマン帝国時代から神学校、病院、学校と変わり1923年から軍高等学校として使われています。
岸辺に釣り人がたくさんいました。
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クルーズが終わり、新市街のスマートな都市ホテルに宿泊です。
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ロビーの片隅に日本製のピアノが置いてありました。
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夕食は初めて自由で、ホテル外で食べようと相談がまとまりました。トルコ料理は飽きたのと軽く食べたいとか、家内、義姉さんはお腹の調子も良くないのでサンドイッチぐらいが良いと希望が出ました。
ぶらぶら歩いていると、レストランはいくつかありましたが、メニューはトルコ語で全く内容がわかりませんでした。「English menu please!」と頼むと持ってきてくれるところもありました。結局、こじんまりしたオープンテラスの店にしました。
カメラを持って来るのを忘れたので店の雰囲気を伝えられないのが残念です。
また、「お酒を飲めるかどうか」の確認は日頃しないので、当然のように注文すると「No」と断られ、イスラムの国であることを思い出させてくれました。お酒が好きな方は、必ず「飲酒Okか!」の確認をしてください。で、ないと、さびしい気持ちになります。

つづく・・・トルコ旅行−22 イスタンブール5 バザール

 トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1
トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2
トルコ旅行−8 昼食と革製品
トルコ旅行−9 パムッカレ
トルコ旅行−10 コンヤへ
トルコ旅行−11 コンヤ
トルコ旅行ー12 コンヤからカッパドキアへ
トルコ旅行−13 カッパドキア1 ギョレメ
トルコ旅行−14 カッパドキア2 トルコ絨毯
トルコ旅行−15 カッパドキア3 地下都市巡り
トルコ旅行−16 カッパドキア4 トレッキング
トルコ旅行−17 首都アンカラ
トルコ旅行−18 イスタンブール1・ガラタ橋周辺
トルコ旅行−19 イスタンブール2 トプカプ宮殿
トルコ旅行−20 イスタンブール3 アヤソフィア・ブルーモスク



トルコ旅行−20 イスタンブール3 アヤソフィア・ブルーモスク


2006.6.18

トプカプ宮殿の見学後「アヤソフィア」に行きました。赤い外観の大聖堂はローマ帝国時代のキリスト教正教の総本山です。
赤いレンガで出来たアヤソフィアの入口です。
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アヤソフィア全景を見られなかったのでネットの画像です。
アヤソフィア|イスタンブルの歴史地区-7-720x540


アヤソフィアはビザンチン帝国がオスマントルコに征服されるとイスラム教のモスクになり大改修が行われたので、キリスト教とイスラム教の象徴が混在しています。トルコ共和国になってからはアヤソフィア博物館になっています。
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イスラム教では男性が6歳になると儀式があり、終えた子供は着飾りお礼参りをするのは日本の七五三のようなものに現在はなっています。
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アヤソフィアの黄金のモザイク天井です。
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漆喰に貝や石をはめ込んだモザイクのキリスト、ヨハネの姿です。アヤソフィアは最初キリスト教の大聖堂として建てられ後にオスマン・トルコ時代にモスクへと改修されました。その関係でキリスト教の壁画の一部分が消されていることに歴史を感じます。
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聖母子像
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モスク独特の円形のシャンデリアです。
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中央ドームは写真がないので下記URLを参考にしてください。
https://www.travelbook.co.jp/topic/541


最後にブルーモスク(スルタンアフィメット・ジャーミー)を訪問しました。
ブルーモスクは1609〜1616年にスルタンアフィメット1 世により建造されました。ブルーモスクは外観の色ではなく、内部に美しいトルコ石を埋め込んだモザイクの壁があることからついた名称です。
メインドームは高さ43m、直径23.5mと巨大で、4方向は半ドームで取り囲まれ、さらに東西の半ドームは2つの半ドームに、南北は3つの半ドームに取り囲まれるという複雑で美しい形をしています。しかも尖塔(ミナレット)は6 本もあり美しさと豪華さを感じます。
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ドーム内はたくさんの明かりが円形に灯っていてモスクならではの雰囲気でした。
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絨毯は長方形の同じデザインの枡に区切られた絵柄で、この枡に一人一人が座りお祈りをするようです。
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ブルーモスクの名前で呼ばれるようになったトルコ石をはめ込まれて出来ている壁です。
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トラベルjpに掲載されていたブルーモスク内部の写真です。
https://www.travel.co.jp/guide/article/5545/

つづく・・・トルコ旅行ー21 イスタンブール4 ボスボラス海峡クルーズ 

 トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1
トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2
トルコ旅行−8 昼食と革製品
トルコ旅行−9 パムッカレ
トルコ旅行−10 コンヤへ
トルコ旅行−11 コンヤ
トルコ旅行ー12 コンヤからカッパドキアへ
トルコ旅行−13 カッパドキア1 ギョレメ
トルコ旅行−14 カッパドキア2 トルコ絨毯
トルコ旅行−15 カッパドキア3 地下都市巡り
トルコ旅行−16 カッパドキア4 トレッキング
トルコ旅行−17 首都アンカラ
トルコ旅行−18 イスタンブール1・ガラタ橋周辺
トルコ旅行−19 イスタンブール2 トプカプ宮殿



トルコ旅行−19 イスタンブール2 トプカプ宮殿


2006.6.18

観光名所は金角湾側からトプカプ宮殿、アヤソフィア、ブルーモスクの順に並んでおり、その順に訪問しました。
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トプカプ宮殿への入口、表敬の門です。
トプカプ宮殿は15世紀半から19世紀半まで王の家で、オスマントルコ時代の政治の中心でした。今は博物館になっています。
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門から第2 内庭へ入りました。
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トプカプ宮殿の庭には大きなプラタナスの木が植わっていました。
幹の中が空洞の大きなプラタナスもありました。
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王様が住んだ部屋の壁はきれいな青いモザイク模様のタイルでした。
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トプカプ宮殿の見取り図を見ると、訪ねたのは挨拶の門、第二の庭、第三の庭、宝物館だけだったようでした。ハレムは行かずで、宮殿内は駆け足の感じで、宮殿内の写真もなくよく覚えていません。こういうところはゆっくり時間をかけて歩かないと良さが分からず残念です。
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トプカプ宮殿から近くのレストランに移動しました。レストランから新市街を眺めるとビル群の上にガラタ塔が見えました。最初に塔が建てられたのは5〜6 世紀で現在のものは1338年建設されたものです。当時、ガラタが支配していたジェノバ人がビザンチン帝国の攻撃に備えて造った城壁の一部分ということです。
オスマントルコ時代から捕虜収容所、天文台、火の見の塔等役割を与えられました。現在は8 階までエレベータがつけられ、高級レストラン、ナイトクラブになっており、夜景を楽しみながら食事が出来ます。
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つづく・・・トルコ旅行−20 イスタンブール3 アヤソフィア・ブルーモスク

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1
トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2
トルコ旅行−8 昼食と革製品
トルコ旅行−9 パムッカレ
トルコ旅行−10 コンヤへ
トルコ旅行−11 コンヤ
トルコ旅行ー12 コンヤからカッパドキアへ
トルコ旅行−13 カッパドキア1 ギョレメ
トルコ旅行−14 カッパドキア2 トルコ絨毯
トルコ旅行−15 カッパドキア3 地下都市巡り
トルコ旅行−16 カッパドキア4 トレッキング
トルコ旅行−17 首都アンカラ
トルコ旅行−18 イスタンブール1・ガラタ橋周辺




 

トルコ旅行−18 イスタンブール1・ガラタ橋周辺


2006.6.18

第8 日目(6月18日)
トルコ旅行も終わりに近づき、最後の訪問地イスタンブールへ向かいました。アンカラからイスタンブールまで450km、半日ほとんどバスの中です。
これまで回ってきた地方より降水量が多く、緑がある黒海へ近づくことになります。
ヨーロッパの雰囲気が濃いアンカラを出発です。
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これまでは木のない景色を眺めてきましたが、日本と同様の緑に包まれた山並みにほっとしながらバスはイスタンブールへと向かいました。
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入り江なのか湖なのか分かりませんが、イスタンブールに近い場所はリゾート地になっており、前日までとは全く異なります。
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黒いラクダ??よく出来たぬいぐるみでした.
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休憩の後、再びバスに乗り出発しました。
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トルコに到着した時に見たリゾート地の光景に近づいて来ました
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金角湾に掛かるガラタ橋からの風景です。この橋が新市街と旧市街とを結んでいます。
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赤い屋根の建物がきれいに並ぶアジアンサイドの住宅街です。
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ガラタ橋ではたくさん釣り人が糸を垂れています。何が釣れるのでしょう。
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9階建て66.9mのガラタの塔がガラタ橋の背後に見えています。14世紀半ばに建てられた塔です
ここに登るとイスタンブールが一望できるそうですが、ツアーのコースに入っていませんでした。
ガラタの塔については下記URLを参考にして下さい。
https://kumiko-jp.com/archives/273891.html
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下の写真はガラタ橋から見えるイスタンブールの象徴部分です。
丘の上に高くそびえるのがスレイマン一世の命で1550〜1557年に建てられた「スルタン・スレイマン一世モスク群」です。
その下に見えるのが「リュステム・パジャー・ジャーミー」です。オスマントルコ全盛期スレイマン一世時代の宰相であり、皇女ミフリマーの婿でもあったリュステム・パジャーのために1561年に建造されたモスクです。
このように、イスタンブールには美しい特徴あるモスクが数多くあり、時間が許せばモスク巡りも楽しいでしょう。
モスクの下の湾岸にはバスプールがあり、にぎやかです。
写真をクリックすると拡大します。
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つづく・・・トルコ旅行−19 イスタンブール2 トプカプ宮殿

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
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トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
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トルコ旅行−11 コンヤ
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トルコ旅行−15 カッパドキア3 地下都市巡り
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トルコ旅行−17 首都アンカラ



トルコ旅行−17 首都アンカラ


2006.6.17

カッパドキアを後にして一路、トルコの首都アンカラへ向かいました。
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カッパドキアとアンカラの真ん中あたりにある塩湖(トゥズ湖)が近づいて来ました。白い部分が塩になっているところです。
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塩の上を歩いている人がいました。
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この周辺の土地は塩を多く含んでおり、そこに地下水や川の水が溜まって出来た湖がトゥズ湖です。深さが1〜2mと浅いので、夏の強烈な太陽熱で湖の水分が蒸発し塩分濃度が上がり塩の層ができます。
訪問時は6月中旬だったので湖全体が塩に覆われるまでにはなっていませんでした。
暑く、眩しかったのでここに長くいられませんでした。
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アンカラに近づくと緑が目につくようになって来ました。トルコの首都なので政府主導で木を植え、水をやり緑地化したとのことです。
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日本のペチュニアより一回り大きな花でした。
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アンカラは近代的な建物が建ち、官庁、大学の建物が多いとのことでした。
1923 年アタテュルクによってトルコ共和国が設立されました。
彼を祀るアタテュルク廟を見学しました。
アタテュルク廟の丘からの眺めです。パムッカレ・カッパドキアとは全く違う景色でした。
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ここはトルコ人以外は入れない場所なので兵隊が警備をして建物の前階段を上がったところまでしか外国人は入れません。。
皆不満に思っていると、係員が出てきて、「ちょっとだけ1分?」と言って中に入ることが出来また。参拝客がほとんどいなかったので許可が出たのだと思います。
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不動の衛兵との写真
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衛兵の交代は15分に1回でした。
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この後、ショッピングモールに連れて行ってもらいました。都会なので日本のショッピングセンターと変わらなかったです。食品売り場でチョコレートを探しましたが、棚にはチョコレートの数が少なかったです。
私はスターバックスでコーヒータイム、家内は子供服売り場で孫の洋服を物色していました。
唐辛子が日本のものより大きかったです。
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宿泊は都会のホテルなので、結婚式に出くわしました。たいへんオープンで、「中へどうぞ!どうぞ!」と言われたので写真を撮りました。
お祝いの花輪です。すべて生花でした.
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たくさんの人々でにぎやかに披露宴が行われていました。
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 2006.6.17

第七日目 6/17(土)

トルコ七日目は楽しみにしていたトレッキングです。

ホテルからいつものバスに乗り出発です。
途中、ぶどう畑がありましが、雨が少なく岩と砂の土地なので枝を切り詰めて丈を低くして栽培していました。
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途中で小型バンに乗り換え登山口まで行きました。
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歩き始めて、思いがけず多くの花に出会いました。雨が少ないので小さな花がほとんどです。考てみれば標高1500mなので高山植物と言えそうです。
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カッパドキアは岩だらけで草木は育たないと思っていましたが、歩き始めた場所はたくさん草や木がありました。
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砂地の坂道であり、ガイドさんの「足を広げて!」のアドバイスで全員、足を広げて降りました。
普通に降りると砂ですべるのでスキーのボーゲンスタイルで降りれば大丈夫ということでした。
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カッパドキアらしい風景になってきました。
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今度は上りです。
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写真に写っている洞穴が一休みの場所です。
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遅い人を待ちました。
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洞穴で暖かいチャイが用意されていました。

我々とは違うグループの人たちです。
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火山灰や溶岩の断層がはっきりと見え、石柱が不思議な世界を作っています。噴火口にいる感じでした。
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足元に気をつけて再び上りです。
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草が生えている平坦な場所で一休みの記念撮影です。
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窪地はぶどう畑だと思います。
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草原を下りました。
かなたにはカッパドキアの景色が見え、天気も快晴で気持ちよい散策でした。
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最後の難関です。手も使い滑らないように!
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最終地点近くに荷車を引くロバがいました。
一時間半ほどの楽しいトレッキングでした。
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お昼はフレンチっぽいトルコ料理でぶどうの葉にライスが入っていて、上にはヨーグルトがかけられていました。
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食事の後、トルコ石のお店へ行きました。
地下浅いところで取れるトルコ石はスカイブル一で、地下深くで取れるトルコ石は色が濃く、濃い茶と黄土色が混ざったラインが入っていることを知りました。地下深くのトルコ石が素敵でしたがトルコ石は購入しませんでした。

つづく・・・トルコ旅行−17 首都アンカラ

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 2006.6.16

ラクダ岩に来ました。
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本物のラクダもいました。
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キノコ岩が沢山ある所へ移動しました。
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カッパドキアにはたくさんの地下都市があります。そのひとつ、紀元前から存在するカイマクル地下都市を訪問しました。
地下8 階の大規模なもので、アラブ人に迫害されたキリスト教信者が外界と遮断し、祈りを捧げた住まいです。洞穴の中には教会、キッチン、貯蔵庫、そして通気口があり、敵から守る大きな石の回転扉まで備わっていました。
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地下都市への入口です。
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回転扉です。
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暗いので写真は二枚だけです。
最近はネット検索で「トルコ カイマルク地下都市」の写真が見られます。
カッパドキアにはこのような地下都市がいくつかあります。凝灰岩の土地などで手掘りで簡単に掘れるのでこのような地下都市が出現しました。


早めにホテルに戻りゆっくりしました。
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毎夕食事に出てくるカービングした甘いスイカです。トルコのスイカはラグビーボール状のスイカでした。
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トルコ旅行−14 カッパドキア2 トルコ絨毯


2006.6.16

昼食の前にトルコ絨毯の製造販売している日本の公社の位置づけと思われるHADOSANに行きました。貧しいカッパドキアの人の収入源にするため、政府の援助を受けて、女性に絨毯の織り方を教えて、作品が出来たらHADOSANへ預け、売れたらお金をもらう仕組みと説明がありました。

最初に絨毯についてレクチャーがありました。説明してくれたのは関西なまりがあるが日本語を流暢にしゃべる男性でした。関西外国語大学を出て、ここで日本語学校を経営し先生をしているとのことでした。

先生がおっしゃる“よい絨毯とは”
\泙辰討發靴錣砲覆蕕覆ぁ
√維澆了紊話擦い發里良い。ここの絨毯は二つ織りといって縦糸ふたつに横糸を架けて抜けにくくしている。それで、糸は短くても抜けない。糸が長いのはひとつ織りと言い、一本しか糸を架けていない。ふたつ織りは手間が掛かるが品質は良い。
細かい織物の方が当然良い
ち靆收めは化学染めより色がいつまでも褪せない。
草木染めは光で表面の色は変わる。しかし、細かく織ってあるのは下の方まで光が入らないので元の色が残っている。
下の写真絨毯は正面から見ると右と左で色が違います。左は年が経ったもの。右は新しいものです。
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しかし斜めから見ると下の写真のように古い物が新しいものと同じです。
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ナ歉攴颪あるもの。この写真は購入した絨毯についていたものです。
中央に販売会社の社名(HADOSAN)と絨毯の写真があります。
そして、値段を決めるための鑑定者二人のサインがあり、下には、HADOSANの会社マークと政府の鑑定印がついています。
こういう絨毯を買って欲しいとのことでした。
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Ε肇襯海話融イ付いていないのが普通なので値札が付いているものが確実。
Щ紊亮鑪爐魯轡襯とウールの二種類ある。もちろんシルクの方が高価。
┻ヽ織りより、手織りの方がしっかりと織れる。


玄関マットを以前から交換したいと思い、国内で探していたが気に入ったものが無かったので思い切って買いました。15年経っても「色あせ・ほつれ」がなく良い買い物をしたと思っています。
日本の宅急便会社が配達してくれました。
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柄の一部を拡大した写真です。
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 絨毯の値段は円で決算してくれ、カード購入の場合は請求はレート換算して引き落とされます。その時、レートが高くなったりします。その場合は書類を作り後で清算してくれます。実際、レートが高くなり書類を提出しました。
革製品ではこの種の話がなかったがドル建てで引き落とされているので「ダメで元々」と旅行会社(クラブツーリズム)へ連絡したら、「今度のトルコツアーの時、添乗員さんが取り戻してくる」と言ってくれ、戻ってきました。言ってみるものですね。


上段に織る糸が並べられ、その下に色の見本がおいてあります。それを見ながら女性が糸を通していました。
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一番上手に織れた絨毯は市場へ出さず、「家の宝」となるそうです。
女性の結婚条件は顔ではなく、絨毯をいかに上手に織れるかだそうです。一番うまく織れたものを持ってお嫁に行くそうです。
カッパドキアの絨毯は工場で作るのではなく、各家庭で女性がつくる家内工業でした。

HADOSANは、女性に織り方を教えるところで一日二時間だけ織り方を学びます。細かい仕事なので目が疲れるからだそうです。その他の時間は学校になっていて勉強しています。写真の娘さんは日本語を勉強していて皆の質問に日本語で答えているところです。家に帰ると食事、掃除等、家の仕事をこなしているそうです。カッパドキアの女性は子供の頃から働き者です。、トルコの女性は可愛い人が多いです。
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絨毯の説明会です。きめの細かいすばらしい絨毯にはため息が出ます。
説明者が手に持っている絨毯が購入した絨毯です。
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ランチは洞窟の中で、雰囲気の良いところでした。
料理は美味しく、器もきれいな模様で堪能しながら楽しく食べました。
ホテルの夕食はほとんどバイキングのため、同じような食べ物ですが、ランチはそれぞれ変化があり、趣向をこらし、ランチの方が楽しみでした。
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壁は洞窟の石(凝灰岩)むき出しでした。(薄暗いため20年前のデジカメでは手ブレを起こしてしまいました)
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圧力をかけて煮込んだ料理をワゴンで運び、お客様の前で「ポン」と音を立てて蓋を開けるパフォーマンスを見せてくれました。
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「つぼ」から出てきた料理は日本流でいうと「肉じゃが」というところでしょう。食べやすくおいしい料理でした。
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デザートはたいへん甘い大きなメロンでした。
夕食にもフルーツはよく出ました。
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おいしい食事でしたが、家内は朝から下痢をしていて残念そうでした。翌日は姉がお腹の調子が悪くなり、2〜3日間がピークで10日間ぐらい下痢が続いていましした。旅行グループの仲間の半数以上が下痢に悩まされていました。水はミネラルウォーターしか飲んでいないので、野菜、果物を洗う水に菌がついているのでは?と話していました。私と義兄は旅行中大丈夫だったのですが、義兄は帰国した夜から、私だけ大丈夫と思っていたら、帰国3 日目から下痢が始まりました。家内に「鈍いね」と言われてしまいました。下痢をして5 日目に定期の病院通いの日だったので先生に話すと「空港で検査しないといけない。これからは予防の意味で抗生物質を飲みながら旅行してください」と言われてしまいました。
トルコへ行く方は気を付けてください。大阪空港で姉は検査を受け、OKだったので我々も大丈夫だろうと判断しました。
成田空港で私の方は「トルコ!大丈夫。アフリカ帰りは危ない。行ってください」と言われました。係りによって対応が違うのはまずいです。


レストランのそばにポットやお皿を売っている日本にはない雰囲気の楽しい店がありました。
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トルコ旅行−13 カッパドキア1 ギョレメ





トルコ旅行−13 カッパドキア1 ギョレメ


 2006.6.16

第六日目 6/16(金)
朝食は前日のディナーの場所で、風は心地よく、クラシック音楽が流れ、楽しい一日の始まりが予感できました。

カッパドキアとは直径100kmほどのこの地方の名称です。最初は「きのこ岩」へ行きました。
火山が爆発して火山灰が積もり、その上に硬い溶岩が流れ、長い間に柔らかい火山灰の部分が削られ、硬い溶岩部分が残ったため生まれたのが「きのこ岩」です。カッパドキアではこの不思議な形にたくさん出会いました。
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下の方にバスが停車しています。少し高い所に登り周囲を眺めました。
首にかけているデジカメは海外で売れていた2001年発売の一眼レフ風Finepix2800Z(38〜228mm(35mm判換算)です。
参考:https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010911/fuji.htm
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次のギョレメの谷に来ました。
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ギョレメに生えている「目玉の木」です。目のようなガラス玉は「魔よけ」で、あちこちの観光地で売られていました。
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土産物店
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トルコ名産「伸びるアイスクリーム」に出会い、早速購入しました。感触はガムのような食感でもうひとつでした。
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ギョレメの谷でトイレ休憩でした。ここは無料でしたが扉の外に鍵がついています?中からは開けられない構造でした。外から鍵をかけられたらどうするのでしょう。初めてのトルコ式トイレで、和式トイレに似ていました。
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一休み後、訪れたのはギョレメの野外博物館でした。ギョレメとは「見えない・見てはいけない」という意味だそうです。
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カッパドキアはキリスト教徒が4 世紀ごろから住み始めた場所で、彼らは修道院や教会を建てそこで修行していました。その後、イスラム教徒のオスマントルコがキリスト教を迫害し始め、キリスト教徒が隠れ生き延びるため岩に穴を開け隠れ住んだという歴史があります。
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キリスト教会洞窟の入口です。
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中に入るとキリストのフレスコ画がきれいな状態で残っていました。
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教会を出た後、生活の場へ移動しました。
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このような場所での生活の大変さがよくわかりました。
写真は炊事場の跡で、天井・壁がススで黒くなっていました。
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二列に並んだ四角い穴は「鳩の巣」です。ここに住んでいた人が岩に穴を開けて鳩の糞を集めてそれを肥料にし、畑で作物を作っていたと思われます。雨は降らず、岩と砂の土地なので育ちは悪かったことでしょう。
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出口にはおみやげ店が並び、トルコ帽とトルコ独特のチョッキを着た男性が「伸びるアイスクリーム」を棒に絡ませ振り回すパフォーマンスをしてくれました。
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トルコ旅行−11 コンヤ
トルコ旅行ー12 コンヤからカッパドキアへ








トルコ旅行ー12 コンヤからカッパドキアへ


2006.6.15

コンヤからカッパドキアへの道はたまにカーブがある程度で直線部分が殆どでした。コンヤ郊外の道の両サイドにはベンツ、ルノー、トヨタ、ホンダ・・・等、自動車会社が並んでいました。トルコでは同一業界をひとつのところに集めているとのことでした。

田舎道に入ると何もなく平原が続きます。「今、シルクロードを走っています」とガイドさん。よく見ると、羊がいて、テントがあり、遊牧民らしい人を見かけました。テレビでみる蒙古のような感じでした。写真には現れていませんが地球が丸いことがわかる景色でした。
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シルクロードを旅する商人が休憩したり、泊まったり、商売をした場所(スルタンハンのキャラバンサライ)が道路沿いに残っていました。壁は重厚で高さが3階建てぐらいあり安全な場所だったのでしょう。ここは中を少し覗いただけでした。
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門の上の模様です。
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門の中の様子です。
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私は鼻水が出たり、くしゃみが出たりで困りました。乾燥とほこりの為だろうと思います。

平原の道は車の数は少なく、対向車に滅多に出会いません。
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夕刻、遂に750km走破しカッパドキアに到着しました。ここでは2 連迫してカッパドキアの自然を楽しみました。
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一部の人はオプションで洞窟ホテルに泊まりました。洞窟ホテルまで大型バスが入れないので洞窟ホテルに泊まる人10名ほどは小型バスに乗り換えました。
「洞窟ホテルの設備と部屋は古く、居心地は期待できない」とガイドブックにあったので、我々は体験よりも居心地の良さを選びました。

昔、岩に穴を掘って地元の人々が住んでいたとのことです。
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泊まったホテルは快適なホテルでホッとしました。
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ロビーのトイレは日本語で引き戸であることを示していました。
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食事をしたテラスからの眺めです。
プールがあり、遠くの洞窟に明かりが灯り出していました。
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つづく・・・トルコ旅行−13 カッパドキア1 ギョレメ

 トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1
トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2
トルコ旅行−8 昼食と革製品
トルコ旅行−9 パムッカレ
トルコ旅行−10 コンヤへ
トルコ旅行−11 コンヤ


トルコ旅行−11 コンヤ


 2006.6.15

コンヤ近くになると、ヨーロッパ風に壁が明るい色の都市部となりました。何も無かった荒地に新しく近代都市を作ったそうです。
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コンヤは標高1016mで人口130万人のトルコ6番目の都市です。

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コンヤには多くの神学校やモスクが建っていました。今まで、街角でスカーフを巻いたロングドレスのイスラム教徒の女性の姿を見かけなかったのですが、ここコンヤではよく見かけるようになりました。
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バスの中から見えたモスクです。
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インジェ・エミナーレ神学校を訪問しました。
神学校というとキリスト教の学校というイメージがありますが、ここはイスラム教の神学校です。現在は博物館です。
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入り口には美しい幾何学模様の装飾が施されています。
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中に入り見上げると、美しい模様のドームです。
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アラビア語が石に刻まれていますが、読めない私は模様にしか見えません。
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「メブラーナ博物館」。ここはイラムス神秘教主義のメッカだそうです。
教団は解散して博物館になっています。
青いトンガリ屋根が少し見えていますが、これがシンボルということです。
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入場まで並んで待ち、後ろを振り向くとスカーフをしたかわいい児がいたので頼んで写真を撮らせてもらいました。
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代々の教祖の霊廟です。
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黄金の壁面のアラビア文字が模様に見えます。
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つづく・・・トルコ旅行ー12 コンヤからカッパドキアへ

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1
トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2
トルコ旅行−8 昼食と革製品
トルコ旅行−9 パムッカレ
トルコ旅行−10 コンヤへ



トルコ旅行−10 コンヤへ


 2006.6.15

第五日目 6/15(木)
パムッカレを出発してコンヤで神学校を見学してカッパドキアへ向かいました。
この日が一番たくさん走る日で、パムッカレ〜コンヤ 430km、コンヤ〜カッパドキア 320km 合計 750km走行予定です。
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石灰棚を後にして、まず、コンヤへ向け出発です。
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小麦畑です。そろそろ刈り取り時期かと思います。
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石灰、ソーダーが豊富な土地なので、ソーダーが出て浅い湖は白くなっていました。
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岩山が続く場所を走りました。こういう所でも植物の生命力は強いです。雨が少ないため、背が低いです。
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10時に休息したレストランは、トルコに来て初めて見た木の家です。トルコでは材木が高く、木の家を建てる大工さんが少ないため木の建物は珍しいそうです。
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入り口は引き戸でした。
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建物の中は日本語の張り紙があちこちにありました。日本人ツアー客が多く立ち寄るのでしょう。
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ここのお薦めは「松の蜂蜜ヨーグルト」です。
小で二人分あります。ヨーグルトというより、チーズケーキを食
べている感触で、真中にかかっている液体が松の蜂蜜。混ぜて食べ
ます。振りかけてある粉はニッキです。
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バスの中からバラの花をたくさん見るようになって来ました。
写真のバラはレストランの裏です。
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レストランを出発すると、山はまったく木がなくなりました。日本では見られない光景です。
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しばらくすると、真っ白な花が咲いた花畑に出ました。
麻薬になる「けしの花」だそうです。けし畑は国でしっかり管理されていてヤミに
流れることは無いとの説明があり、薬として使用されるそうです。
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昼食はスペイン風建物のレストランで、食事のメニューは期待できるかな?と思いました。
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粉チーズにハーブを混ぜた春巻き風の食べ物(シガラ・ボレイ)です。味はさっぱりして食べやすかったです。
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挽肉をナスで包み煮込んだもので、上にはトマトと唐辛子が乗っていました。これもおいしかったです。
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デザートは「米のプリン」と「さくらんぼ」です。
プリンはいつも大きな器にいれらて出てきます。下のほうにライスが入っているので「米のプリン」と呼んでいました。「さくらんぼ」は多くて食べきれずバスへ持って行き「おやつ」にしました。同じような人が何人かいました。
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ウエイターに写真撮影を依頼したら、「私も撮ってくれ」と言われてしまいました。
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ウエイターです。
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レストラン内にあったしゃれた電話BOXです。
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昼食が終わり、バスに乗り込み走ると表面が白くなっている石灰の高原に出ました。パムッカレから相当走りましたがまだ石灰が出るのです。
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左の家はレンガをはめ込んで造っている途中です。右は完成し、衛星放送のアンテナが3機取り付けられています。
屋根には太陽熱温水器が取り付けられています。
この家の他、ほとんどの家に太陽熱温水器が設置されていました。隣の中近東の国々は石油が出て裕福ですが、ここトルコは石油が出ないので、電気代が高いそうです。それで太陽熱温水器が普及しているようです。日本は一時、太陽熱温水器がブームの時期がありましたが、現在は太陽光発電が主流になっています。
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昔の住まいは、攻められないように各家には塀がめぐらされているそうです。
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石灰を取る山でしょうか?草木が全く無い山です。
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つづく・・・トルコ旅行−11 コンヤ

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1
トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2
トルコ旅行−8 昼食と革製品
トルコ旅行−9 パムッカレ




トルコ旅行−9 パムッカレ


2006.6.14

ショーの余韻を残し、地中海沿岸から離れ、山岳地帯のパムッカレに向かいました。
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白く見える山肌は残雪ではなく石灰岩の塊です。
途中、山村の部落は貧しい感じがしました。
小さな古い壊れかけた家に住んでいるようでした。村のあちこちには男性がたむろしていました。大人と若者は離れて集まっているようでした。
農家の男性は暇で昼間から「チャイ(お茶=紅茶)」を楽しんでいるようです。
働くのは女性の役目で、外へ出るのは男性の役目ですので、買い物は男性がします。
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遺跡はおしまい!と思ったらここにも「ヒエラポリス」という古代都市遺跡がありました。
遺跡の背後に糸杉が見えます。
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小さなはだしの子供が絵葉書を100円(12枚)で売り、おばあさんは5 枚千円で木綿のクッションカバーを売っていました。
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パムッカレの石灰棚に到着しました。
温泉に含まれる二酸化炭素とカルシュウムが化合して炭酸カルシュウムになり温泉水が台地に流れ落ちながら固まったもので、たいへん美しい棚になり、棚に溜まったお湯は静かで、色も神秘的な美しさをです。美しさを保つために定期的に温泉を流しているそうです。
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水が流れているので、皆裸足で歩いています。
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足元は写真のような状態で痛いです。
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遠くにも人が集まっているので撮影し拡大すると棚ができているのがわかります。
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こういう光景にも出会えました。
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自分では撮れないアングルがある12枚100円の絵葉書を購入しました。そのなかの2枚が下の写真です。
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パムッカレの温泉付きリゾートホテルに泊まりました。
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温泉は露天で、薄暗く、汚れがあるようで、ぬるく、温泉に入っている気がしないのですぐ上がってきました。
日本の露天風呂とは大違いでした。
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つづく・・・トルコ旅行−10 コンヤへ

トルコ旅行−1 出発
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トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
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トルコ旅行−8 昼食と革製品



 

トルコ旅行−8 昼食と革製品


2006.6.14

パムッカレへ向かう前に昼食と革製品製造販売店へ行きました。

レストラン前に木が植わっていて名前がわからないのでガイドさんに聞くと糸杉と言っていましたが・・・
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少し遅めの昼食です。
スープにレモンがついていました。レモンを入れる前は生臭い香りが漂っていましたが、レモンを入れると「ふしぎ、不思議、マジック」生臭い香りが消え、おいしいスープとなりました。
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トルコ料理の代表「ケバブ」です。串に肉や野菜をさして焼いたものです。日本のバーベキューのような感じでシンプルでおいしかったです。
フランスパンはすべての食事に出て、何処でもおいしかったです。また果物も豊富でした。「スイカ、メロン、さくらんぼ、あんず」が、いつも大量に出ます。どれも甘くておいしかったです。
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クノールのマヨネーズ、ケチャップ、キッコーマン醤油が食卓に並んでいました。
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食事の後は革製品製造販売所で革製品ファッションンショーを楽しみました。
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ファッションショーの終わりに手を差し伸べられ、かわいい子なのでもちろん手を取ると、楽屋へ連れて行かれて皮コートを着せられました。そして、私だけ部屋の隅へ呼ばれ「ダンシング!ダンシング!」と言われました。他の言葉は分かりませんでした。踊りながらファッションショーへ出てくれということがわかりました。簡単な踊りの指導を受け、派手なパッチワークの皮コートにメキシカンハットをかぶりショーのトリを務めました。「こうなったら腹をくくって楽しまないと」と思い、「踊らにゃソンソン」と、最後の方は「日本人なんだ」と阿波踊り風に踊りました。見物客からは大爆笑が起こり、みんな楽しんだようで、思い出のひとつになりました。
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ショー後は製品の説明があり、店員から製品購入を勧められました。購買意欲を高めるためのファッションショーでした。日本では革製品は高く、安いものは重く、硬く、スペインの古着店で買ったことがあるだけでした。一度、良いものを着てみたいと思っていましたので、「子羊の皮でやわらかく、丸めてバッグに入れてもしわにならない」との薦めでブレザータイプの革製品を購入しました。色は真っ黒でなく紺がかったあまり見ない色でした。価格は11万円でしたがショーへの出演割引等で8 万円になりました。家内もコートが欲しかった、と白いコートを購入しました。また二人でツアー客の前でファッションショーをやってしまいました。

つづく・・・トルコ旅行−9 パムッカレ

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1
トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2





トルコ旅行−7 遺跡巡り4 エフェソス2


2006.6.14

下の写真はナイキの名前の由来である「ニケ」の像です。ニケはギリシャ神話の勝利の女神で、背中に翼があります。ルーブル美術館にある頭がないニケの像が有名です。
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ルーブル美術館のニケの像
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パドニアヌス宮殿
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トイレの跡です。下は水が流れ、穴の上に座るようにできています。
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坂の下に見えるのは古代世界三大図書館のひとつセルシウス図書館です。
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図書館には蔵書が1万冊あったと伝えられています。
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今でもきれいに残っている図書館前のタイルです。
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大理石が多く産出するトルコなのでメイン通りには豪華に大理石が敷かれ現在も機能しています。メイン道路は海に通じていて海から物資を運び栄えたとのことです。
石は本当に寿命が長くトルコでは紀元前の遺跡が立派に残っています。日本では古い遺跡は基礎の石組みが残っているだけです。トルコでは1万円/tで手に入るそうですが重くて持って帰れません。
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メイン道路から外れた場所にある遺跡です。こういう場所がアチラコチラにありました。
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音響効果抜群といわれる大きな音楽堂です。説明によると青銅・磁器の拡声器内臓で24000 人収容、高さ30mで見上げた感じは圧巻です。
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音楽堂でみんなを集めて説明するする素晴らしいガイドのカンさん。
ここ遺跡説明では考古学者の風貌。次の場所では宗教評論家。バスの中での話題は社会学者さんでした。
じつに博識で難しい宗教、ギリシャ神話を解りやすく解説してくれました。日本語はぺらぺらで日本も訪問し、新宿・原宿等の状況もわかっている様子です。日本人でも最近使わなくなった言葉も飛び出し、アメリカへも2 年留学したそうです。ホテルではパソコンでワールドカップサッカー情報を得るのでなくニュースを読んでいる姿を見ました。旅行ガイドさんとしてはもったいない人でした。現在はクラブツーリズム専属とのことでした。「未熟な添乗員にしっかりしたガイドさんをつけているのだろう」とのうわさが流れていました。横では若い添乗員さんが人数確認です。
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音楽堂で自由行動となり来た道をそれぞれ戻りました。
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観光地の出入り口には、テントを張った店が並んでいました。
トルコの観光地おみやげ売り場のスタイルはこのような姿が一般的でした。
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バスで点呼すると一人居ない?一番奥の音楽堂では全員そろっていましたが!再三ガイドさんからイアホンガイドで「入り口へ戻ります」「ここが曲がるところです」「先まで行きません」の注意がありました。音楽堂では説明が終わって、「自
由にしますが、図書館を通って、ナイキ、ニケを左に曲がって、入り口へ戻ってください」とポイントポイントで話していましたが。後でわかったのですが何を勘違いしたのか音楽堂から先へ行って別の出口へ出てしまったとのこと。音楽堂から先へ下の写真の道を行ったのでしょうか?人も少ないので変だと気づきそうですが?添乗員さんが遺跡の中へ入って探したがわりませんでした。思案していると、ガイドさんの友達から携帯に連絡が入り、「向こうの出口から出た迷子がいる」とのこと。友達が車で遊びに来ていたので「次の昼食レストランへ送ってもらうよう頼んだ」とのことでやっと出発できました。運がよかったとしかいいようがないです。
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メイン道路を歩いただけですが、メイン道路沿い以外にもたくさん遺跡があります。時間があればゆっくり歩いてみたいものです。
写真はネットより
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You Tubeでエフェソスを検索すると色々出てきます。
その1つが全景写真を撮影した下記URLです。
https://www.youtube.com/watch?v=03wNP9wowlg

なお、蘯のぶ子の小説に「エフェソス白恋」という小説があります。


 つづく・・・トルコ旅行−8 昼食と革製品

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ
トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1




トルコ旅行−6 遺跡巡り3 エフェソス1


2006.6.14


第四日目 6/14(水)

ホテルに設置されていたトルコの国旗が貼られたポストです。
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公衆電話ボックスです。
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四日目はエフェソス(エフェス)を観光をした後、楽しみにしていたパムッカレへ行きました。これまではエーゲ海沿岸ででしたが、エフェソスの後はトルコ中部の山の中の風景を楽しみました。
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エフェソス遺跡の前に聖母マリアの家に立ち寄りました。
トルコはイスラムの世界なのに、何故キリスト教なのか??それはトルコの歴史を勉強すると解ってくるでしょう。今回の旅行で理解できました。キリストの世界との関わりは今後の訪問地で出てきます。
聖母マリアの家(教会)は山の中にあります。
キリスト処刑の4年後、聖母マリアは聖ヨハネとこの地を訪れました。

聖母マリアが眠る森
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聖母マリア像
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イエス・キリストの聖母マリアが最後に住んだのはエフェソスだという記述です。
興味のある方は拡大してお読み下さい。
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聖母マリアが小屋を建て、ここにすんだそうです。住まいの小屋の後に2世紀前半に小さな教会を建てました。山の中にひっそりと建つ教会です。
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エフェソス都市遺跡に到着しました。
紀元前10世紀に都市国家が興り、7世紀まで続いた都市です。最盛期は紀元前133年にローマに帰属した時で、人口25万人の都市になったとのことです。その中心部を歩きました。

エフェソス入り口には多くの観光客がいました。
小さな円形劇場が見えています。
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見学に出発です。
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文字らしきものが掘られています。
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つづく・・・エフェソス2 図書館跡

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘
トルコ旅行−5 イズミールへ

 

トルコ旅行−5 イズミールへ


2006.6.13

 三日目の見学予定が終了し、100km先のイズミールのホテルへ向かいました。イズミール近くになるとマンションが多くなりました。
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イズミールの人口は約400万人でイスタンブール、アンカラに次ぐトルコ第3の都市です。
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美しさが「エーゲ海の真珠」と称えられる港町です。
ヨーロッパのリゾート地であり、3ヶ月の夏休み中、ヨーロッパからイズミールの別荘に多くの人が移動してく来るとのことです。
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残念ながら港町の散策はなくホテルに向かいました。翌日はエフェソスへ行きました。
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ホテルは5つ星で、ロビーは吹き抜け、イルミネーションを施したエレベータが昇降していました。
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プールがあるが、温水プールではないので夜は寒くて入れませんでした。
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夕焼け!翌日は青空のもとエフェソスを歩きました。
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トルコのホテルは、どこも狭いベッドでした。
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つづく・・・エフェソス

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡
トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘








トルコ旅行−4 遺跡巡り2 ベルガマ・アクロポリスの丘


2006.6.13

昼食後、ベルガマ・アクロポリスの丘に登りました。紀元前4世紀ごろのベルガマモン王国の跡で、最盛期は1万人位住んでいただろうと言われています。

アクロポリスといえばギリシャのアクロポリスの丘が有名です。
古代ギリシャでポリスとは都市国家、市民による政体を意味し、高いを意味するのがアクロスです。この二つをくっつけアクロポリスと呼び、「政治をする高い場所」という意味かと思います。
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崩れている城壁です。
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丘の上は結構広かったです。
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アクロポリスの丘からベルガマの街を望みました。
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劇場の一部が見えています。トロイ遺跡より年代が新しいので劇場も大規模だったようです。
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トラヤヌス神殿の一部、現在は柱と回廊が残っているだけです。
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ゼウスの神の祭壇基跡のみが残り、祭壇はベルリンのペルガモン博物館に移転され再現されています。ペルガモン博物館に行った時に石の遺跡がたくさんあり、エジプト等のものを持ってきて再現させたことは解りましたが、見上げる大きさに圧倒されただけで内容がよく分かりませんでした。でも、ここに結びついているのに驚きです。
翌日訪問するエフェソスの遺跡もここと同様ペルガモン博物館に展示されていることでしょう。
もう一度ゆっくりペルガモン博物館を訪ねれば色々なことが理解できそうです。
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この日は「ばら」よりも「キョウチクトウ」の花をよく見ました。日本のキョウチクトウより背が低く、花数も多いので花木として適しています。背が低く花数が多いのは雨が少ないので背が伸びず、子孫を絶やさないために頑張って花を咲かせているのでしょう。
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アザミ
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次に、アクロポリスを見上げる「アスクレピオン」を訪問。ここはローマ時代の医療センターであり医療の神アスクレピオンから名前をとったそうです。一番古い部分はBC400年頃のもので、日本では弥生時代です。
医療センターへの入り口の柱列参道は140mで、アクロポリスの丘に向かっています。
この柱の列をアクロポリスと反対側へ歩くとセンター内へ入ります。紀元前4世紀ごろから医療センターがあり、各種病気の治療研究がなされていたとは驚きです。設備も当時としては最新のものだったのでしょう。大学病院の始まりです。
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柱が残っている所が北の回廊で、その手前の四角いブロックの場所は図書館跡で、数千冊の本があり4500人収容出来たそうです。
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円形劇場です。音楽療法がなされたのでしょうか。
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テレスポレス神殿(治療室)への入り口
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治療室の中は円筒状でこの中に入り眠るそうです。天井には穴が開けられここからやさしい光が入り精神的に安定するということで、一種の精神療法でしょうか。
柱の前に写っているのが現地のガイドのカンさん、
物静かで知識は豊富で日本語は上手、学者のような雰囲気の人でした。
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つづく・・・トルコ旅行−5 イズミールへ

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡




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