花咲かすおじさん

グリーンヒルに移ってから、薔薇を中心とした庭を造り、一年中花が咲いている庭を目指しています。ブログには庭を中心とした花や、旅ブラで撮影した画像をデジブック等で紹介しています。庭もブログも花いっぱいにしたいと思います。

2022年05月

礼文・利尻−13 ペシ岬に登る


2007.9.24

島なので観光場所は岬が多くなります。次は沓形岬公園へ行くのですがその途中に奇岩が2つありました。
熊が海を見ている熊岩です。
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人の顔に似ている人面岩です。
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北の厳島弁天宮です。
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沓形近くの村に住人が作ったというかわいい街灯が取り付けられていました。その横に信号機がありますが、この信号は子供が都会へ行った時、困らないようにする為の学習用とのことでした。利尻では信号機は二機だけだそうです。
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利尻島を一周してフェリーが着いた港に戻ってきました。宿泊するホテルは港のすぐそばです。
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「日の入り」まで後20分でした。水平線あたりに雲が漂いだしたので、夕日を見にペシ岬頂上へ登るのを諦めていましたが、家内が「登ろう!」と言い出しました。では、と荷物を部屋に置き、二人で駆け出しました。後15分で日の入です。

下からペシ岬を撮影しておきました。
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風が強いペシ岬でした。写真の左に少し写っている建物は、礼文・利尻に魅せられ、東京から越してきた写真家のギャラリーでした。帰りに寄ることにして先を急ぎました。
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怪しい雲の間に少しだけ見える太陽です。
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途中、「はまゆう」の咲く花壇で一休みです。


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相変わらず怪しい雲が掛かっています。雨だけは降らないように願いました。
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途中写真を撮りながら急ぎました。
前を行く人は無く、後ろから大きな体の男性が追いついて来ました。
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結局登ったのは我々夫婦と男性のみ。一番乗りは大きな男性。二番が家内で、私は頂上に登った時は雲で夕日が見えない可能性がありと途中、写真を撮っていたので三番でした。
遂に登りきったペシ岬展望台です。寒い風に吹かれながら、登りきった満足感を味わいました。
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眼下に恋するペシ岬の灯台がみえました。
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山頂からの景色です。夕日は見えませんでした。
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下山する頃は日が暮れていました。
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 ホテルに戻り、温泉で体を温めて海の幸たっぷりの夕食を楽しみました。ホッケ、うに、ボタンエビ、サーモン・・・
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ウニの茶碗蒸し
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ニシンのちゃんちゃん焼き
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ウニご飯にホッケのつみれ汁
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つづく・・・礼文・利尻−14 帰路

礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−5 礼文・桃岩
礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊
礼文・利尻−7 礼文の澄海(スカイ)岬
礼文・利尻−8 礼文・スコトン岬
礼文・利尻−9 フェリーで利尻島へ
礼文・利尻−10 利尻・姫沼
礼文・利尻−11 利尻島オタトマリ沼等々
礼文・利尻−12 利尻島・仙法志(せほうし)御崎公園


礼文・利尻−12 利尻島・仙法志(せほうし)御崎公園


 2007.9.24

岩場を歩く事ができる仙法志(せほうし)御崎公園にやってきました。
利尻観光マップ-

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利尻富士の頂上はすっかり雲に覆われてしまいました。
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一瞬、雲が切れ利尻富士の山頂が見えました。標高1721mです。
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険しい山頂です。
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ウニの養殖をしていました。
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とろろ昆布工場があり見に行きました。
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つづく・・・礼文・利尻−13 ペシ岬に登る

礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−5 礼文・桃岩
礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊
礼文・利尻−7 礼文の澄海(スカイ)岬
礼文・利尻−8 礼文・スコトン岬
礼文・利尻−9 フェリーで利尻島へ
礼文・利尻−10 利尻・姫沼
礼文・利尻−11 利尻島オタトマリ沼等々





礼文・利尻−11 利尻島オタトマリ沼等々


 2007.9.24

姫沼観光を終えバスに乗り、島を南下しました。
半島の上の白い点は「恋する灯台」に選ばれたペシ岬の鴛泊(おしどまり)灯台です。その向こうの山並みは稚内方面でしょう。
恋する灯台については下記URLを参考にしてください。
https://romance-toudai.uminohi.jp/about/
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利尻富士は今までとは違って東から望むことになりました。頂上付近はデコボコした形をしていました。
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オタトマリ沼の近くで昼食でした。
海辺の大衆食堂で魚の煮付けが出ました。
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食事の後は出発までの少しの時間海岸で過ごしました。海に流れ込む小さな川にシャケが登っていました。水面の反射のためよくわかりませんが川に渦や波紋が見られます。シャケは川で捕ると密漁になり法律違反ですが海で採るのはOKです。したがって、川のシャケを海に持って行って、釣り上げるそうです。
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手が届きそうなところに昆布が漂っているのは北海道ならではです。
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バスが再び出発した頃は利尻富士に雲がかかってきました。この後は雲に見え隠れする利尻富士を眺めることになりました。島の中の山なので雲がかかりやすいらしく、今まで雲に覆われない利尻富士を見られたのはとても幸運でした。
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オタトマリ沼と利尻富士と海を展望できる沼浦展望台に登りました。しかし、残念ながら利尻富士の山頂は厚い雲に覆われだしました。
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赤い帯が入った石崎灯台が見えていました。
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オタトマリ沼も20分ほどで一周できる遊歩道が設けられていました。「白い恋人」のパッケージに描かれている山はここからの利尻富士だそうです。
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ここでは紅葉し始めた木々を見ることができました。
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クローバーの花に似ていますが葉が違います。
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黄色いこの花はあちらこちらで見かけました。
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写真を撮りながら歩いているといつの間にか一番後ろになり、利尻島のガイドさんとしばらくご一緒させてもらいました。
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柏葉紫陽花のような花です。
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オタトマリ沼を一周して土産物店にに入ると日本TV で紹介されたという万年雪ソフトクリームを見つけました。なぜ万年雪というネーミングなのかわかりません。
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つづく・・・礼文・利尻−12 利尻島・仙法志(せほうし)御崎公園

礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−5 礼文・桃岩
礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊
礼文・利尻−7 礼文の澄海(スカイ)岬
礼文・利尻−8 礼文・スコトン岬
礼文・利尻−9 フェリーで利尻島へ
礼文・利尻−10 利尻・姫沼





礼文・利尻−10 利尻・姫沼

 
2007.9.24

礼文島は細長い形をしていましたが利尻島は円形です。
港から時計回りに一周しました。
利尻観光マップ

最初の観光地は姫沼です。原生林に囲まれた静かな美しい所です。
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吊橋を渡って姫沼へ入りました。
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姫沼は標高130mにあり、周囲約800mに遊歩道が設置されています。ヒメマスを放流したところから姫沼と名付けられました。
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姫沼に映る緑の原生林と逆さ利尻富士が見事でした。


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細長いおおきな松ぼっくりが出来ていました。
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姫沼は利尻富士からの湧き水で出来ているそうです。
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紅葉が始まっていました。
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姫沼一番のビューポイントからの撮影です。重なる山々と姫沼に映る尾根、グリーンの原生林の色合いがとてもきれいでした。
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木々の間の遊歩道を30分ほど楽しく散策しました。
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つづく・・・礼文・利尻−11 利尻島オタトマリ沼等々

礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−5 礼文・桃岩
礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊
礼文・利尻−7 礼文の澄海(スカイ)岬
礼文・利尻−8 礼文・スコトン岬
礼文・利尻−9 フェリーで利尻島へ








礼文・利尻−9 フェリーで利尻島へ


2007.9.24

礼文島と別れ、フェリーで利尻島へ渡りました。
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甲板に出るとしゃれたカーテンのある特等船室が見えました。
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添乗員さんから、翌日の利尻島から稚内へ帰る船は団体が多く、寝転んだり足を伸ばしたりは出来ないようで、差額を払えば特等船室に乗れると案内があり、特等船室を希望しました。特等船室は椅子室と畳室があり、畳室は7人部屋とのこと、椅子席を希望しました。

利尻富士を眺めながらの40分間の航海でした。
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乗船したのは3000PSのエンジンを2基積んでいるクイーン宗谷でした。
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利尻富士が間近に迫り、裾野に橋梁が見えます。
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お昼前に利尻島の鷲泊の船着場に着きました。白い建物は利尻島で宿泊する「利尻富士観光ホテル」です。まず利尻島を一周してこのホテルに泊まり、翌日はここから稚内へ戻ります。したがって利尻島観光は半日です。
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つづく・・・礼文・利尻−10 利尻・姫沼
礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−5 礼文・桃岩
礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊
礼文・利尻−7 礼文の澄海(スカイ)岬
礼文・利尻−8 礼文・スコトン岬




小田原フラワーガーデンのバラ


2022.5.23

前日の夜、TVの天気予報で小田原フラワーガーデンのバラの紹介があり、ちょうど真っ盛りのようでした。晴れたり曇ったりの程よい日和でもあり、久しぶりに訪ねて来ました。TVでは無料のバラ園と強調していました。
バラの花付きは非常に良かったです。
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礼文・利尻−8 礼文・スコトン岬


 2007.9.24

澄海岬の次に向かったのはスコトン岬です。
途中、海に何やら物体を発見、アザラシ出現でした。岩の上に寝そべっていました。
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冬、トドがやってくる海馬(トド)島です。
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スコトン岬は礼文島の最北端です。
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駐車場から歩いて展望台まで行きました。向こうに見えるのは海馬(トド)島です。
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スコトン岬とトド島の間の岩場でなにやら灰色の物体がいました。トドで少しグロテスクです。白いお腹を見せて寝そべっています。
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海の青さと風の強さが印象的なスコトン岬でした。この後、香深港から利尻島へ向かいました。
その途中に金環日食記念碑がありました。昭和23 年5 月9 日午前10 時22 分金環日食が観測され、海外から1500 名の科学者がこの島を訪れました。それを記念し、金環日食をモチーフにした記念碑が建てられてました。また、訪れた学者たちによって礼文島に生存する希少高山植物がクローズアップされたそうです。昭和23年だと礼文はまだ多くの人には知られていなかったのでしょう。
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利尻島のシンボル利尻富士が見えてきました。
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つづく・・・・礼文・利尻−9 フェリーで利尻島へ

礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−5 礼文・桃岩
礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊
礼文・利尻−7 礼文の澄海(スカイ)岬

礼文・利尻−7 礼文の澄海(スカイ)岬


  2007.9.24

プチホテルコリンシアに宿泊の翌朝、すぐ近くに迫る日本海の海辺を朝食後散歩することにしました。
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朝食も海の幸を中心に豊富なメニューでした。
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裏はすぐ海で、草原が広がっています。
海まで何もなくホテルの広いバックヤードという感じでした。
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プチホテルコリンシアンのHPを見ていると、礼文島の観光地を空から見た動画が掲載されていました。下記URLです。
https://www.youtube.com/watch?v=Le2AUDJfcmA

二日目最初の訪問地は水がきれいな「澄海(スカイ)岬」でした。礼文島の北部は稚内と似た形をしています。「澄海岬」までは4 時間のハイキングコースですがバスで近くまで行きました。その後、スコトン岬を訪ねました。
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岬までは上り坂になっていて、お花畑になっているらしく小さな花や花の名残が見られました。
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何の花か忘れましたが礼文特有の花が咲いていたそうです。
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澄海(スカイ)岬は入江になっており、名前の通り澄んだ海で水は静かで透き通っていました。
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縦の地層と横の地層が同居しているめずらしい山肌でした。礼文島は玄武岩と堆積層から出来ています。堆積層はなだらかな丘を作り、玄武岩は硬いので絶壁(柱状節理)を形成しています。
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澄海岬から眼下に西上泊の漁港が見え入江を囲んで村があります。
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この地域ではほっけ漁が行われ、入江には下の写真のようにネットで囲われた作業場が並んでおり、中では定置網にかかった魚を人の手で外していました。
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バスの駐車場から澄海岬へ歩いて行く入口に小さな土産物店があり、名物「たこ串焼き」を売っていました。上からバーナーで焦げ目をつけているのが面白いです。タコがやわらかいのにびっくりしました。
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つづく・・・礼文・利尻−8 礼文・スコトン岬
礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−5 礼文・桃岩
礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊



礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊


 2007.9.23

桃岩展望台の後はプチホテルコリンシアンに向かいました。
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ホテルへ向かう途中、月がかかる利尻富士をバスの中から見ることができました。
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楽しみにしていたプチホテルコリンシアンに到着し、早速ホテル本館の前で撮影しました。このホテルは有名で本館と二つの別館があります。どの部屋に泊まるかはバスの中で抽選会が催されました。運良く本館の二階に宿泊出来ました。
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左と右奥が別館で、右手前が露天風呂です。
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部屋は「可愛く、可愛く」設えてありました。
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キーはくまのぬいぐるみに付けて渡してくれました。
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お風呂で汗を流した後、楽しみな夕食でした。夕食の席は宿泊者が多かったためメインダイニングルームでなく、以前デッキだったところを改造した部屋だったのが少し残念でした。

食事の席の前の食器戸棚は素敵な食器類が飾ってありました。
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「おしながき」を見ると、島らしく海鮮料理づくしでした。
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ホタテ、ボタンエビ、いくらのサラダが豪華です。お刺身はホッケでした。勿論「うに」もついていました。
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茶碗蒸しにも雲丹(ウニ)が入っていました。ゆでたシマエビというものを食べました。途中で「今日たくさん取れたので」と刺身でも供されました。身は少し硬めでした。
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「めばる」の煮付けが出たのでごはん、お吸い物を頂きました。海鮮料理を堪能しました。
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最後はチーズケーキと宝珠茶をいただきました。宝珠茶はウーロン茶と同類のようです。
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食後は宿の人が星座鑑賞に連れて行ってくれるというので参加しました。久し振りの説明入りの星座鑑賞でした。ホテルの灯が入らないようにと裏手の海岸寄りへ行き説明を受けました。まず上を向いて天の川。そして白鳥座とカシオペア、ここまでは分かりましたが、後は月明かりの為はっきりわかりませんでした。この日は十五夜前々日のため、お互いの顔が見られる明るさでした。「普段暗い時、見える星の数はこんなものでない」とホテルの人の話でした。寒く、良く見えないので30分で終了になりました。
大学時代、研究室の行事で三重県志摩町和具の座賀島海の家に泊まり、夜、星座に詳しい先生が星座の説明をして下さったことを懐かしく思い出しました。この時は満天の星を見ることができました。
クルーズ船パシフィックビーナスの星座観測では曇り空でこれまた見えませんでした。


つづく・・・礼文・利尻−7 礼文の澄海(スカイ)岬

礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−5 礼文・桃岩



礼文・利尻−5 礼文・桃岩


2007.9.23

礼文島の香深に着き下船後すぐ、シャンデリアが眩しいバスに乗り込み、礼文島観光に出発しました。席順表が貼り付けてあり一番後ろになりました。翌日は一番前でした。
一番後ろでも観光場所が一か所なので翌日の一番前の方が好都合でした。
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礼文島は細長い形をしていて、バスが走れるのは東海岸沿いだけのようです。地図の黄色い線がバスで走った道路です。
礼文島map


10分ほどで桃岩へ到着しました。その後船泊にあるホテルコリンシアンへ行きます。
このホテルは礼文島では有名らしく、家内がこのホテルに宿泊するツアーを選びました。
桃岩展望台で40分間の自由時間です。夕日が沈む時間を過ごせる設定でした。
展望台への道には可愛い花が咲いていました。この辺は春はお花畑になるそうです。秋なので所々咲いている程度です。
タンポポモドキ 
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タンポポモドキは学名ブタナで途中で枝分かれして咲きます。
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ノコギリソウのようですが・・・
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地名が桃岩と呼ばれるのは桃のような形の岩があるからです。
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桃岩の後ろ側からハイキング道があり、写真の台形の岩の上を歩き南端知床(上記礼文島の地図を参照)までの4 時間コースです。北へは愛とロマンの8時間コースがあります。
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海岸には海の方を向いている猫の後姿のような猫岩があります。
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展望台からの景色です。写真左側の道は礼文島の最北地スコトン岬と桃岩を結ぶ愛とロマンの8 時間コースです。8 時間のハイキングをすると自然に愛が生まれると言われています。写真右が南4時間コースです。こちらは利尻富士が見え、お花が一面に咲く中を歩くコースのようです。ハイキングコースが沢山あるのも礼文の魅力です。右下にある建物はユースホステル桃岩荘です。昔はニシンの番屋だったところです。番屋が当時の姿で残っている価値ある建物です。現在は少し手を入れハイキングをする人の宿舎として使われています。宿泊客が戻って来たのでしょう。歓声が上がっていました。新しい愛が芽生えたのでしょうか。
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夕日が沈む様子をZUISOスライドショーでご覧ください。
沈む夕日・礼文島桃岩展望台より


つづく・・・礼文・利尻−6 プチホテルコリンシアンに宿泊
礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅
礼文・利尻−4 礼文島へ


礼文・利尻−4 礼文島へ


 2007.9.23

バスはフェリーに横づけしました。フェリーターミナルの搭乗口を通らずに乗船しました。利尻島の場合も自家用車が船に横づけして降りてきた家族らしい人を乗せて走り去りました。
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稚内出港後の景色です。なだらかな丘の上に灯台らしきものが見えますが、これは稚内市の開基百年と市制施行30年を記念した塔です。1,2階が稚内の歴史を展示する記念館です。
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船はノシャップ(野寒布)岬を回り、宗谷湾から礼文島へ向かいました。
似た名前のノサップ(納沙布)岬は根室で北方領土を望めるところです。
稚内港_map

ノシャップ岬を過ぎると美しい利尻富士が現れました。
遠目に眺める利尻富士は女性的で稜線がなだらかで優しい美しさです。海は南国では見られない美しい濃い藍色です。富士山より美しいと感じました。標高1721mと富士山の半分程度です。空は秋の空です。
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近づくにつれ、ゴツゴツとした男性的な尾根がある利尻富士に変わってきました。
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船の前方には最初の訪問地、礼文島が近づいてきました。海は穏やかでほとんどフェリーは揺れませんでしたが家内は少し船酔いをしました。船は空いていて二等席の畳の部屋は人が寝ころんでも充分余裕がありました。
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所要時間2時間ほどで礼文島に到着しました。
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つづく・・・礼文・利尻−5 礼文・桃岩
礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬
礼文・利尻−3 稚内駅

礼文・利尻−3 稚内駅


2007.9.23

宗谷岬から稚内に戻り、北市場へ行きました。函館の市場と同様、観光客が必ず行くところのようです。規模は大きくなかったです。
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市場をさーっと眺めた後、私は市場の裏にある「日本最北端の稚内駅」を見に行きました。
ローカル線の侘しさを感じさせる一両編成のディーゼルカーです。
人気のない駅でした。
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クリックすると写真が拡大します。
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稚内駅の時刻表を見ると一日7本で13:04から17:44まで列車はありませんでした。
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JR日本最北端の駅と書かれています。稚内は宗谷本線です。乗降人数一日平均100人ほどの駅です。
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JR宗谷本線の終点、最北端です。
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「ROYCE のチョコレート」と「はまなすジャム」を購入しました。
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北市場を後にして礼文島行きフェリー乗り場へ向かいました。船着場近くで古代ローマの柱を思わせる回廊のような建造物に出会いました。防波堤ですが非常に美しい防波堤です。

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■北防波堤ドーム【2001 年 北海道遺産に指定】
設計者は北海道大学を卒業して3 年目、北海道庁の技師として稚内築港事務所に赴任してきた当時26 歳であった土谷実氏です。北埠頭が旧樺太航路の発着場として使われていたとき、ここに通じる道路や鉄道へ波の飛沫がかかるのを防ぐ目的で、昭和6 年から昭和11 年にかけ建設された防波堤です。樺太へと渡る人々で賑った頃のシンボルでもあり、古代ローマ建築物を思わせる太い円柱となだらかな曲線を描いた回廊は、世界でも類のない建築物として内外の注目をあびています。
半世紀を経て老朽化が著しかったため、昭和53 年から3 年間、全面的に改修工事が行われ、昭和55 年にその独特の景観がよみがえりました。高さ13.6m、柱の内側から壁までが8m、総延長427m、柱の総数70 本、半アーチ式の構造形式です。2001 年に北海道遺産に指定されています。


つづく・・・礼文・利尻−4 礼文島へ
礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ
礼文・利尻−2 宗谷岬




礼文・利尻−2 宗谷岬


2007.9.23

宗谷岬が近づいて来ました。

白いモニュメントは「祈りの塔」です。1983 年(昭和58)の大韓航空機撃墜事件の遭難者の慰霊塔です。塔は鶴が大きく羽を広げ天空に首を持ち上げる姿で、事件の真相と真の平和を鶴のように首を長くして求める様子を現しているそうです。
塔の高さは19.83mで事件が発生した1983年を示しています。
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この風車には寄りませんでしたが道の駅だそうです。ここでオランダの風車のような形の風車を見るとは意外でした。
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天北酪農の夜明けを象徴する「あけぼの像」です。
北海道の牛乳生産量100万トン突破を記念して昭和46年(1971)宗谷岬の丘陵に建設されました。野良着姿の男女が南に果てしなく広がる宗谷丘陵を見つめ立っている姿です。
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日本最北端の地という文字がはいったモニュメントです。
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日本最北端は風が強く寒かったです。
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「日本最北端到着証明書」です。200円で発行してくれました。
日付と時刻が入っています。稚内観光協会の印が押されています。
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間宮林蔵の像です。足を踏ん張りサハリン(樺太)をにらんでおり、この地からサハリンへ向かいました。
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日本最北端の近代的なトイレです。
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「宗谷岬、北緯45 度31分14秒」と記念の文字が入った「観光みやげ」の店です。この中で「最北端到着証明書」が発行されました。
北緯45

店内に「−9.2 度」の流氷館があり、中に入りました。
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流氷館内には、流氷が置かれ寒く、長い間居られませんでした。アザラシ、キツネ、ペンギンがいました。ペンギンは南極だけではなく、北極にもいるのでしょうか?
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最北端の文字がたくさんありました。
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続く・・・礼文・利尻−3 稚内駅

礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ




 

礼文・利尻−1 稚内から宗谷岬へ


2007.9.23

礼文・利尻への2泊3日のツアーに参加しました。
羽田空港から稚内空港へ飛び、船で礼文島と利尻島を観光しました。

羽田では飛行機までバスに乗りました。
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ボーイングB767−300という270席の飛行機でした。
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後部に付けたタラップから飛行機に乗り込みました。
荷物室へのハッチが見えます。
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猪苗代湖
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十和田湖
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函館がある渡島半島
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稚内空港へ降りる直前に利尻富士が見えました。
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稚内空港からバスで直接船着き場へ行き礼文島へ渡るのではなく宗谷岬を目指しました。
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宗谷湾です。
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稚内は風が強く、最近は最高気温が18℃だそうです。すっかり秋でした。オホーツク海の波も荒くなってくる頃だそうです。風が強いため風力発電の風車がたくさんありました。
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稚内から宗谷岬までは丘陵が広がり牧畜地帯になっています。牛が草を食むのんびりした光景でした。
この辺一帯は氷河期、氷河がすべりなだらかな丘陵地帯になったそうです。
写真が青っぽいのは、バスの窓ガラスが青いからです。
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はるかかなた水平線に見えるのはサハリンです。こんなにはっきり見えることは珍しいことのようでした。こんなに近くに見えるとどんな所だろうと思い行きたくなるのでしょうね。江戸時代、政府に命じられて探検に行き、サハリンは島であることを突き止めたのが間宮林蔵でした。シーボルトがヨーロッパに間宮海峡と書物の中で紹介しましたが、外国ではタタール海峡(韃靼海峡)と呼んでいるそうです。
タタールとはモンゴルの一派の名前だそうです。
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エゾ鹿も見ることができました。北海道に行くと自然に生息する動物と出会えるのも楽しみの一つです。
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白い山のように積まれているのは帆立て貝の貝殻だそうです。多くの帆立て貝が取れることがわかります。この山が沢山出来ては困るので、豊富にある貝殻の有効利用が研究されているようです。道路の舗装に使ったりセラミックスに混ぜて使えそうだとか、水虫治療薬に使えるという報告もあります。
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つづく・・・礼文・利尻−2 宗谷岬



三つ星


皆様のお陰で私のブログが三つ星に昇格できました。
今後もよろしくお願いいたします。

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延訪問者数は12万人を超えました。
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エンタシスの柱の店


小田原と箱根を結ぶ有料道路ターンパイク入口近くに目を引く建物が出来ました。
エンタシスの柱で支えています。
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柱は中心に鉄骨があり、その周囲に木造のフレームを配置して造られています。
夜はライトアップされるのとのことです。
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ここは小田原の干物専門店の山安です。山安は江戸時代・文久三年7(1863年)創業です。文久三年といえば薩英戦争が起こった年です。
店の中もエンタシスの柱があり、平板の天井を支えています。
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珍しい「いかトンビ」がありました。
「いかトンビ」につては下記URLを御覧ください。
https://www.gyogyoubu.jp/?mode=f30
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二階は干物やアジフライ等が食べられる食堂になっています。
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店の構造物は下記URLを御覧ください。
https://mag.tecture.jp/project/20210430-yamayasu/


 

遠野−21 サイクリング9 遠野駅へ


2010.5.30

沼田製瓦工場の後、帰りの電車の時間も迫っていてまっすぐ駅へ行くつもりだったのですが鳥居があり、先が見えない長い参道があったので気になり、鳥居をくぐり自転車で突っ走りました。
後で調べると、この鳥居は一の鳥居で遠野郷八幡の表参道でした。
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行きついた先にはさらに鳥居が並んでおり本殿はまだ先でした。ここまで来たら本殿まで行きたいと進みました。奥に階段があり自転車を下りて歩きました。
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階段の途中にあったつつじです。
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本殿が見えてきました。
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遠野郷八幡宮は
文治5 年( 1 1 8 9 )頼朝の平泉の藤原氏追討に従軍とて功があり、源頼朝から遠野郷を賜った阿曽沼広綱が宇夫方広房を代官として送りました。そして、松崎村駒木に「舘」を築いて氏神である八幡神をまつって遠野郷を統治しました。その後阿曽沼親綱が横田城を築き、城の鬼門である東北の方角にある宮代に八幡宮を勧請して崇敬したのが始まりだそうです。
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遠野駅に戻ってきたのは14:45で、予定の電車まで30分足らずでした。
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荷物を受け取りにホテルへ行くと受け付けには誰もいず声をかけても誰も出てきませんでした。受付の外に私のスーツケースが置いてあり、盗まれる危険は無いのかと気になりました。
スーツケースを持って行ったとメモを残しホテルを出て駅へ向かいました。

駅前に水木しげるの大きな絵がありました。
水木しげるは遠野物語というマンガ本を書いています。水木しげるの妖怪は遠野に似合っていると思いました。遠野物語百周年とありました。
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2週間後の2010年6月12〜13日に遠野物語百年祭があったのです。
残念でした。
水木

駅前のポストにカッパがいました。
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駅前にあった遠野の観光マップの看板です。
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遠野駅構内にあったジオラマです。
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ホームのカッパのマークです。
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遠野駅ホーム
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15:13遠野駅発の快速電車で帰りました。
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満足した遠野の旅でした。
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新花巻駅前に「わんこそば」のモニュメントがありました。
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遠野の旅おしまい

遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策
遠野ー13 サイクリング1出発
遠野−14 サイクリング2 太郎淵
遠野−15 サイクリング3松崎観音
遠野ー16 サイクリング4 たかむろ水光園へ
遠野ー17 サイクリング5 昼食
遠野ー18 サイクリング6 たかむろ水光園園内
遠野−19 サイクリング7水光園からの帰り道
遠野−20 サイクリング8 キツネの関所

 

遠野−20 サイクリング8 キツネの関所


2010.5.30

サイクリングは終盤に入ってきました。
釣りをしているのはカッパでしょうか?人間の設定でしょうか?
何が釣れるのでしょう。
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見たことがない魚の形をしたものが掛かっていました。
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カッパがいそうな小川です。
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カッパに遭遇しました。
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キツネの関所という看板を見つけ、行ってみました。
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キツネの関所
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これも遠野の民話のひとつです。飲兵衛を戒める話です。
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瓦製造工場の煙突があり、行ってみました。
沼田製瓦工場は昭和11年、粘土瓦の製造と瓦屋根工事を業務として創業し、現在工事部門は瓦屋根工事、板金工事、雨樋工事、太陽光発電システムの設置など、屋根
に関すること全てに領域を広げています。
瓦製造では日本の最北端だと前日のガイドさんが言っていました。
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日曜日なので誰もいないので勝手におじゃましました。
レンガ造りの家屋は創業時の建物でしょうか?家紋があります。
赤い屋根には鯱がついていました。黒と赤の瓦は工場の製品です。
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製品の赤瓦と黒瓦が並んでいました。ここの黒瓦を使ったらしい家をたくさん見ました。
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つづく・・・

遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策
遠野ー13 サイクリング1出発
遠野−14 サイクリング2 太郎淵
遠野−15 サイクリング3松崎観音
遠野ー16 サイクリング4 たかむろ水光園へ
遠野ー17 サイクリング5 昼食
遠野ー18 サイクリング6 たかむろ水光園園内
遠野−19 サイクリング7水光園からの帰り道



 

遠野−19 サイクリング7水光園からの帰り道


   2010.5.30

遠野駅を目指してのサイクリングです。
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お昼に食べた「カッパづれうどん」ののぼりをよく見ると「手打ち」と書いてありました。コーヒーや蒸しパン、ご飯がサービスで出て来たのは、この時期お客は入らないので、私が来てから小麦粉を捏ねて手打ちうどんを作っていたのでしょうか。
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遠野はのどかな景色が多かったです。
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棚田です。
遠野は農業と観光の町でした。
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道端に「だいこんの花」が咲いていました。私が住む地方ではそう呼んでいますが、地方により呼び方が違う花です。遠野では何と呼んでいるのでしょう?
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お寺のような農家です。遠野は光沢のある黒瓦が多かったです。
帰りにこの瓦を造っている工場に寄りました。
屋根瓦は重いので運搬が大変で、その地方地方で製造しています。それで地方へ行くと屋根瓦の色を見るのが面白いです。その土地の土の特徴がわかります。
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この川もカッパがよく出る川だそうです。その旨を記載した看板がありました。
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南無阿弥陀仏と書かれた古い石柱がありました。
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周りを明るくする黄色い花です。豆科の花のようですが
名前は解りません。
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ブルーベリー畑です。背後の藁ぶき屋根は伝承園の建物です。
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つづく・・・遠野−20 サイクリング8 キツネの関所

遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策
遠野ー13 サイクリング1出発
遠野−14 サイクリング2 太郎淵
遠野−15 サイクリング3松崎観音
遠野ー16 サイクリング4 たかむろ水光園へ
遠野ー17 サイクリング5 昼食
遠野ー18 サイクリング6 たかむろ水光園園内




遠野ー18 サイクリング6 たかむろ水光園園内


  2010.5.30

たかむろ水光園に戻りました。
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遠野池の夢見堂です。夢見堂とは遠野三山に住む三人の女神が一夜の宿にした話から来ています。
三人の女神の話は遠野−11でも述べています。
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遠野三山の三人の女神と夢見堂の関係が書かれた説明板です。
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この池のカッパはころっと太ったカッパです。家族で遊びに来たのでしょうか。中央が父親でしょう?徳利を持ってご機嫌、後ろの子供は釣りを楽しんでいます。母親はどっしりとしていて景色を楽しんでいるのでしょうか?
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池を一廻りし戻ってきました。
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たかむろ水光園から更に山奥へ行くと映画にもなった遠野の姥捨て山「デンデラ野」へ行けるのですが時間がないので遠野駅に向かうことにしました。
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デンデラ野については下記URLを参考にしてください。
https://seitenlab.com/trip-denderano/


つづく・・・遠野−19 サイクリング7水光園からの帰り道

遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策
遠野ー13 サイクリング1出発
遠野−14 サイクリング2 太郎淵
遠野−15 サイクリング3松崎観音
遠野ー16 サイクリング4 たかむろ水光園へ
遠野ー17 サイクリング5 昼食



遠野ー17 サイクリング5 昼食


 2010.5.30

たかむろ水光園は上水道の浄水場を母体に、6万2千平方メートルの敷地に遠野の美しい自然と懐かしい暮らし風景を再現していいるとのことです。宿泊施設があり大浴場も備えています。
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たかむろ水光園駐車場から更に歩くと建物の中央に「水」と書かれています。看板に沈殿槽の文字があり、山の上にあるのでここは浄水場の設備なのかと考えました。
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お昼(12:00 )の鐘がなり、どうしたものかと回りを見渡すと「ジンギスカン」の店だけありました。お昼に一人でジンギスカンはさびしいな!と水光園で食事するのはやめにして水光園の手前にあったドライブインのようなレストランに行くことにしました。

昼食に入ったレストランの建物です。
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入り口の戸を開けると薄暗く閉店しているような雰囲気でした??声をかけると、店の人がびっくりしたような顔で出てきました。お客さんは居ないので休みかと思いましたが開いていたのです。
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この日は「まぬけうどん」と「かっぱづれうどん」しか出来ないとのこと。「間抜けは」よりやっぱり遠野なので「カッパ」だな!思い「カッパづれうどん」を注文しました。
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窓の外は高原のた雰囲気でした。
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少し時間がかかるからとコーヒーと蒸しパンのサービスがありました。
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しばらくするとご飯と浅漬が出てきました。このご飯が「ほっく、ほっく」で大変おいしかったです。後で聞くと遠野の米だそうです。
すごいサービスです。時間がかかるということはひょっとしたらうどん粉をこねて作っているのかな?と思いました。
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「かっぱづれうどん」は汁がなく、きしめん風のうどんでした。その上にカッパの好きなキュウリとひき肉入りみそが乗っていました。和風スパゲティーだ!
支払ったのはうどんの600 円のみでこちらで食事して正解でした。
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帰るとき、店の人によると「こちらまで登ってくる観光客は居ない。一番にぎやかなのは秋の紅葉シーズン、次は春の桜の時期」ということで今頃山へ登ってくるのは私ぐらいなのかな?という感じでした。
再び「たかむろ水光園」へむかいました。


つづく・・・遠野ー18 サイクリング6 たかむろ水光園園内
遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策
遠野ー13 サイクリング1出発
遠野−14 サイクリング2 太郎淵
遠野−15 サイクリング3松崎観音
遠野ー16 サイクリング4 たかむろ水光園へ






遠野ー16 サイクリング4 たかむろ水光園へ


2010.5.30

山の麓の田園風景は終り、前日訪ねた伝承園・常堅寺の間を抜けて「たかむろ水光園」へ向かいました。

遠野には写真のように屋根と二階の壁が同じ材質でつながっている建物がアチラコチラで見られました。納屋として使われているそうです。
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道路わきにつけられているシャッターを久しぶりに見ました。雪国に設置されるもので吹雪いた時、道路に雪が積もらないようにしたり、家に強い風が当たって
吹き飛ばされないようにする為のものです。
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遠野の気象状況図
遠野市 における気候

赤いオダマキが咲いていました。花言葉は「心配して震えている」です。
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赤いハナモクレンです。
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昔よく見かけた田植えの光景です。
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高原でよく見かける花ですが名前を忘れました。
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遠くに見える赤い屋根の向こうが「たかむろ水光園」です。
撮影した場所からは自転車を押しながら登りました。地図からは坂道は想像出来なくて大変な思いをしました。

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ここから先は自転車事故多発なので自転車は乗り入れないようにとの看板があり、一人旅で怪我すると大変なので忠告に従うことにしました。ここでも私一人だけでした。
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まず、一休みです。
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勾配10 %の標識がありました。
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しばらく歩くと「たかむろ水光園」の駐車場に到着しました。しかし、広い駐車場には車が一台も無く、日曜日は休業なのだろうかと不安になりました。
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つづく・・・遠野ー17 サイクリング5 昼食

遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策
遠野ー13 サイクリング1出発
遠野−14 サイクリング2 太郎淵
遠野−15 サイクリング3松崎観音




遠野−15 サイクリング3松崎観音


2010.5.30

遠野のサイクリングは続きます。
麦畑と鎮守の森(元八幡)が見えています。
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この辺りは麦畑です。
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麦畑の中を走る道です。雲行きが怪しくなってきています。山に囲まれ天気が変わりやすいようです。
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飢餓の碑
凶作が続いた江戸時代は全国に飢餓が広がりました。遠野で最大の飢餓は宝歴5 年( 1775 年)でした。宝暦5年には領民の1/3(4300人)が餓死したそうです。
餓死した人々の供養塔です。
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松崎観音の近くにあった見事な山藤です。
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松崎観音入口にあった道路にはみ出した樹齢1000 年(遠野遺産第二号)の観音桜(いぬ桜)です。
いぬ桜とは(調べると):
バラ科の落葉高木。高さ5 〜10 メートル。本州中部以西に分布。葉はサクラに似る。春、白い小形の五弁花を総状に多数つける。萼(がく)は花後も脱落せず、果実は熟して紫黒色となる
とありました。
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花が咲いているイヌザクラです。(四季の山野草より)。
イヌザクラ1

桜というより梅に近い感じです。
イヌザクラ2

桜のそばに水車小屋があり池も造られていました。ベンチがあり、観音桜が咲くころは村人が集う場所になるのでしょう。
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階段を上がると松崎観音の本堂です。
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観音堂は新しく立て替えられたようです。扉が開いており、中ではお坊さんが一人、掃除をしていました。通常、観音堂の扉は閉じられているそうですが、この日は遠野七観音めぐりの人が来るので開けて掃除を始めたとのことでした。ラッキーでした。松崎観音は遠野七観音第二番札所です。ここ以外遠野七観音は野原にあるそうで「お堂の中にあるのはここぐらいだ」と自慢されていました。遠野七観音は慈覚大使が草創とのです。
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観音様の顔は見ることが出来ませんでしたが木彫ですらっとした観音様でした。やさしいお顔だろうと想像しました。遠野七観音は一本の木から7 体の観音像を刻み7 つの寺に安置されたといわれています。
お坊さんは下の寺の住職でした。世話する人が居ないので面倒見ているとのことでした。
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龍の天井画です。
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入口には「びんずるさん」が置いてあり、ぼけませんようにと頭をなでて、本堂を後にしました。
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ネットで探しても観音堂の扉が閉まった写真のみで内部の写真は見当たりませんでした。本当にいいタイミングでした。
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帰りに観音桜をもう一度見ると割れた幹の中には草が生え花が咲いていました。1000 年の重みでしょうか?
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つづく・・・遠野ー16 サイクリング4 たかむろ水光園へ

遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策
遠野ー13 サイクリング1出発
遠野−14 サイクリング2 太郎淵


遠野−14 サイクリング2 太郎淵


2010.5.30

道路沿いの所々に写真のような小屋がありました。何でしょう?水車があり、茅葺きの屋根、屋根に花壇らしきものが乗っています。
「家庭ごみ」の集積所でした。街の景観にマッチして素敵です。
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道端にあった綿毛のたんぽぽです。これから風に吹かれてふわふわ漂い、来年も道端に黄色い花をいっぱい咲かせることでしょう。
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遠野駅から自転車で一時間で「太郎淵」に到着しました。手前の自転車は借りた自転車です。最初、カメラ(EOS Kiss X2)が入ったリュックを前籠に入れ走っていましたが重心が前に寄り、不安定なのでタオルを籠の底に敷き、その上にカメラを置き、リュックは背負って走りました。カメラへの振動がちょっと心配でしたが・・・
すばやくカメラを手に取れるのもよかったです。
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説明板に好色な太郎カッパのことが書かれてますが末尾に「遠野物語55話」とあります。55話には凄まじい話が書かれています。遠野の民話には恐ろしい話もあります。

……松崎村の川べりの家には、二代続けて河童の子を孕んだところがある。生まれた子は醜悪で、切り刻んで一升樽に詰めて土中に埋めたという。

女の婿の里である主人の話によると、ある時、女が汀で川に向かってにこにことしているのを目撃した。翌日もそうであったが、そのうち夜に女の元に誰かが寄っているという噂が立った。最初は婿の不在の時だけだったが、しまいには婿と一緒の時すら来るようになった。河童の仕業と言われるようになり、一族が守ったが効果はなく、婿の母親が一緒に寝た時は金縛りに遭って、笑い声を聞くだけで何も出来なかった。

お産の時は難産となったが、馬桶に水を張ってその中で産めば易いということで試すとその通りだった。生まれた子供には水掻きがあった。この女の母親も河童の子を産んだことがあるという話である。……


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太郎カッパ
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女カッパ
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カッパしか話し相手がいないのでしばらく休憩し、カッパと会話を楽しみ、先へと進みました。
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先に進むと、遠野の最初の統治者「阿曾沼公」の墓がありました。
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阿曽沼公といい前回あった清心尼公といい、馴染みがない名前です。
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「阿曾沼公」の墓への斜面に大きな木があり、根元に芝桜が咲いていました
関東では4月末に咲く花なので1ヶ月遅いです。
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誰もいない道を更に進みました。
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横山城跡の看板が出てきました。自転車を止めて歩き始めましたが、道らしきものがはっきりしないので道端にいた人に聞くと、「下の写真の草原の右を歩いて山の中に入るが城跡には何も無く、行く人もいない」ということでやめた方が良さそうだとここから先へ行くのはあきらめました。
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横田城については下記URLを御覧ください。
https://zyousai.sakura.ne.jp/mysite1/toono/yokota.html
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誰にも会わない、サイクリングしている人もいない、バスも走らない、このような道の一人旅でした。遠野めぐりにはいろいろなことが目に入るサイクリングが一番よさそうです。徒歩では距離的に回りきれないです。
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つづく・・・遠野−15 サイクリング3松崎観音
遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策
遠野ー13 サイクリング1出発



遠野ー13 サイクリング1出発


2010.5.30

9 時に観光協会へ行き、自転車を借りて遠野の山裾をサイクリングしました。
赤線がルートです。
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前日は雨まじりの一日でしたが、朝起きると晴れ上がりサイクリングには絶好の日和でした。
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駅前の座敷わらしが青空の下、サイクリングの無事を祈ってくれているようです。
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駅前の銅像は「北の舞」と名付けられています。
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猿ヶ石川と笠通山です。
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前日のバスガイドさんが、遠野のベルサイユ宮殿と教えてくれたスーパーマーケットです。
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田んぼに水が入り山と空がきれいに映っていました。
この辺りはさわやかな風が吹き、ちょっと寒いくらいで心地よかったです。
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田植えが済んでいます。
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遠野にも愛媛の「建て倒れ」に負けない立派な農家が建っていました。
愛宕橋の上から撮影しました。この後、写真のガードレールに沿って走りました。
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農家が山裾に沿って点々と建ち、道路が通り、田んぼが広がるという景観が続きました。
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「清心尼公」の墓がありました。
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走っている右手には前日は雨で見ることができなかった六角牛山(ろっこうしさん)の山頂が晴れてはっきりと見えました。六角牛山は遠野小富士と呼ばれています。標高1293mです。
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ぽつんと鳥居があり、奥がどうなっているのかわかりません。
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自転車で走っている道は「新奥の細道」でした。
新奥の細道は北関東から東北地方のいろいろな所にあるので調べると「東北の自然歩道のことで230 コースある」とのことでした。
なるほど東北のあちらこちらで「新奥の細道」を見かけるわけが分かりました。
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つづく・・・遠野−14 サイクリング2 太郎淵

遠野−1 遠野駅へ
遠野−2 とおの昔話村
遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館
遠野−12 散策



遠野−12 散策


2010.5.29

 博物館から出るとまだ雨が降っていましたが、夕暮れまで少し時間があるので南部神社へ登りました。参道はちょうど葉が茂った桜並木でした。
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神社前は閑散としていました。
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南部神社の境内からは遠野の街を一望できました。
令和2年の遠野市の人口は約2、5万人、高齢化率40、5%です。
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マムシグサだと思います。
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神社を降りると「遠野教育発祥の地」信成堂跡という碑がありました。江刺県庁舎ともあり、明治初期は県庁が遠野にあったということです。藩政時代には“信成”という藩校がありましたが, 1871(明治5)年に学制令が発布されると, 翌年には遠野地方で最初の公立小学校として大工町瑞応院に「横田村第一番小学校」が開設されました。当時岩手県内で文部省が認可した小学校は3 校のみです。その中の一校が遠
野ということは遠野は岩手県で重要な地だったのでしょう。生徒は6 〜12 歳で, 授
業料は貧富の差により2 銭から25 銭の幅があったそうです。
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遠野教育発祥の地の碑のそばにあった公衆電話BOXです。「伝話の家」と書かれています。この土地ならではの当て字です。
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ホテルへ戻る道は朝歩いた遠野むかし話村の傍の川の畔を歩きました。
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街中でヤマメやウグイがいるのに驚きでした。
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遠野のカッパの子供は青い色をしているようです。
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建築設計事務所
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前夜、食事の場所を探して駅前を歩くとネオンが輝き、スナックやバーがずらりと並んだ通りがありました。地図で調べると「親不孝通り」だそうです。ここで一杯ひっかけほろ酔い気分で家に向かう途中、キツネにだまされた人がたくさんいるらしいです。
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この日はカメラを持って出かけたので、撮影に行きましたが、まだ日が暮れていないので前日の夜のようなネオンは見られませんでした。
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遠野一番の繁華街とのことです。
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つづく・・・遠野ー13 サイクリング1出発
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遠野−3 柳田國男隠居所
遠野−4 千葉家−1 曲がり屋
遠野−5 千葉家−2 庭
遠野−6 五百羅漢
遠野−7 福泉寺
遠野−8 遠野ふるさと村
遠野−9 カッパ
遠野−10 伝承園
遠野−11 遠野市立博物館



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