花咲かすおじさん

グリーンヒルに移ってから、薔薇を中心とした庭を造り、一年中花が咲いている庭を目指しています。ブログには庭を中心とした花や、旅ブラで撮影した画像をデジブック等で紹介しています。庭もブログも花いっぱいにしたいと思います。

2023年02月

四国の旅−24  卯之町2 末光家・松屋旅館


 2010.3.7(日)三日目

開明学校、光教寺、民具館のあとも、卯之町の街並みを楽しみながら歩きました。
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市指定有形文化財の末光家の古い煉瓦塀が見えてきました。
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軒下に「持ち送り」が並んだ末光家の玄関口です。
「持ち送り」とは水平に突き出たものを支える部材でブラケットともいいます。
末光家の建物は江戸期の住宅兼商家の建築です。
詳しくは下記URLを参考にしてください。
https://www.city.seiyo.ehime.jp/miryoku/seiyoshibunkazai/bunkazai/shi/shi_yukei_kenzobutsu/4293.html
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建物の中を見学できました。
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昔の家は土壁だったことが良くわかります。
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街道沿いの旅館だったのでしょうか?
「喫茶春名」と看板が出ていましたが休みのようでした。
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宇和町小学校通学路の文字が見えます。格子のある家でした。
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江戸中期創業の老舗松屋旅館です。現在は休業中でした。
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政治家・文人が宿泊した旅館でした。
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旅館の門をくぐると苔むした灯篭がありアプローチの植物はよく手入れされていました。
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江戸末期から明治初期は○○屋という店・旅館が並んでいたようです。
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つづく・・・四国の旅−25 卯之町3 鳥居門・高野長英の隠れ家

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川
四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル
四国の旅−18 足摺岬灯台
四国の旅ー19 金剛福寺
四国の旅−20  竜串海岸遊歩道
四国の旅−21 竜串海岸遊歩道2
四国の旅−22 伊予国へ入る
四国の旅−23 卯之町歩き1開明学校



 

四国の旅−23 卯之町歩き1開明学校


 2010.3.7(日)三日目

昼食を済ませてバスは山の中を走り、卯之町(うのまち)へ到着しました。
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卯之町の歴史は、公家、西園寺氏が16 世紀に城を築いたことに始まります。
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卯之町の本格的な発展が始まったのは宇和地方の中心が宇和島に移った後のことです。宇和盆地の農産物などが集まる在郷町として、また宇和島街道の宿場町、明石寺の門前町として繁栄しました。
その頃の町並みが残っていました。
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JR卯之町駅に近い駐車場で解散、フリータイムになりました。最初は古い家並みの通りを一団となり出発しました。
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「うだつ」のある町並みでした。「うだつ」とは二階の屋根につけた防壁です。これが上がっている家は比較的裕福な家でした。これが「生活や地位が向上しない」「状態が今ひとつ良くない」「見栄えがしない」という意味の慣用句「うだつが上がらない」の語源のひとつと考えられています。
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最初に訪問したのは明治15 年(1882年)に建築された開明学校でした。日本の伝統的木造建築の中に洋風のアーチ型の窓を取り入れた擬洋風のモダンな建物です。当時は舶来のガラスが使用されたのです。
長野県松本市にある重要文化財「旧開智学校」と昭和62年に姉妹館提携し、平成9年5月には国の重要文化財に指定されました。
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ここで、明治の小学校の教科書を使い、模擬授業を受けられるのですが、授業を受けていると町を見学
する時間が無くなりそうなのでパスしました。
授業の様子はYou Tubeに掲載されていましたので下記URLで御覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=jR2OT8ac_MU

廊下には木製の手すりがつけられていました。
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開明学校校舎の横の木造の建物は明治2年に町民たちによって建てられた私塾「申義堂」です。設立の翌年に宇和島藩の郷校に昇格し、申義堂校舎はそのまま開明学校として開校しました。つまり、申義堂と開明学校は旧校舎・新校舎ということになります。明治時代の小学校の先生の装いをした女性と記念撮影している人がいました。
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次に訪ねたのは西園寺氏の菩提寺である光教寺でした。
西園寺氏は、京都の公家西園寺家の一族で、宇和荘などの領地が伊予にあったことから、南北朝時代に下向し、土着した領主です。戦国時代にいたるまで本家と交流を持ち、幕府や近隣大名とも様々な関係を結んで勢力を維持していました。しかし豊臣秀吉が四国平定後に送り込んだ大名戸田勝隆支配の時代、滅亡を迎えることとなりました。

光教寺山門です。
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臨済宗の光教寺の庭です。
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光教寺は高台にあり山門から参道を見下ろした景色です。
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大正15年に完成した日本キリスト教団卯之町教会です。ほとんどの家屋がグレーの瓦屋根なので美しく目立ちます。
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民具館です。
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民具館内に立派な御殿飾りが飾ってありました。
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つづく・・・四国の旅−24  卯之町2 末光家・松屋旅館

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川
四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル
四国の旅−18 足摺岬灯台
四国の旅ー19 金剛福寺
四国の旅−20  竜串海岸遊歩道
四国の旅−21 竜串海岸遊歩道2
四国の旅−22 伊予国へ入る




四国の旅−22 伊予国へ入る


 2010.3.7(日)三日目

土佐を後にして伊予に入りました。
四国国名

暖かそうな伊予国で桜が満開なのを見ました。
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「高知の飲み倒れ」といい、大酒飲みが多いのが高知ですが愛媛県は「愛媛の建て倒れ」と言うそうです。愛媛県に入ると立派な家が次々現れました。隣りどうしの県なのに全く違う感じでした。
しばらく車窓からの光景です。
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菜の花も満開でした。
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時代を感じる橋ですが亀裂が見え橋の幅が途中から違い、橋げたが曲がっているように見えますが?
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山の上に立つ宇和島城を有料道路から撮影しました。
宇和島の町は素通りでした。
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宇和島城は築城の名手と言われた藤堂高虎により築かれ、その後、伊達正宗の長子伊達秀宗が入城したあと伊達家9代の居城になりました。
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予讃線を走る特急「宇和海」通称「あんぱんまん列車」です。
アンパンマンの多くのキャラクターが描かれていました。
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あんぱんまん列車特急しおかぜです。現在はデザインが変わっているようです。
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バイキンマンが少しだけ顔を出していました。
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ハイウエイレストラン宇和島で郷土料理のお昼でした。高知より上品な感じでした。
宇和島名産じゃこ天。ふくめん。さつまがありました。
右から二列目上から順にじゃこ天、ふくめん、さつまです。

じゃこ天:いわゆるさつま揚げ。 

ふくめん:糸こんにゃくの上に4種の具をトッピングし、だし汁やしょうゆをかけて食べる。 

さつま:ご飯の上に魚を載せ、だし汁をかけて食べる漁師料理 


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ご飯の上に具を載せてだし汁をかけた「さつま」の出来上がりです。
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土佐では闘犬でしたが、伊予では闘牛でした。
宇和島闘牛が現在でも4回/年開催されています。
https://www.matsuyama-airport.co.jp/sightseeing/uwajima/tougyujo.html
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つづく・・・四国の旅−23 卯之町歩き1開明学校

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川
四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル
四国の旅−18 足摺岬灯台
四国の旅ー19 金剛福寺
四国の旅−20  竜串海岸遊歩道
四国の旅−21 竜串海岸遊歩道2



四国の旅−21 竜串海岸遊歩道2


 2010.3.7(日)三日目

竜串海岸を更に進みました。

蛙の千匹連という表示がありました。何でしょう?
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小さな石をカエルに見立てたのでした。
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足摺海底館が近くに見えるようになってきました。
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大きな岩があり、化石がくっついているとのことでした。
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巻き貝の化石が見られます。
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岩の海岸の先には砂浜が広がっていました。
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大阪時事新報社が選んだ四国12景に竜串が選定されているようです。
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検索すると下記のように記載されていました。今回の旅で殆ど訪ねた場所でした。

1.小歩危峡

2.大歩危峡

3.祖谷かずら橋(日本三奇橋のひとつ)

4.高知城(山内一豊によりそうけんされた城)

5,.はりまや橋

6.桂浜(坂本龍馬像)

7.四万十川(日本最後の清流り)

8.竜串海岸

9.足摺岬(灯台・ジョン万次郎像・金剛福寺など)

10.内子の古い町並み 

11.金刀比羅宮(海の守護神を祭る)

12.栗林公園(一歩一景といわれる名園)

 

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幸い小雨だったので竜串を歩くことができ、珍しい景色を楽しむことができました。

つづく・・・四国の旅−22 伊予国へ入る

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川
四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル
四国の旅−18 足摺岬灯台
四国の旅ー19 金剛福寺
四国の旅−20  竜串海岸遊歩道1



四国の旅−20  竜串海岸遊歩道1


 2010.3.7(日)三日目

金剛福寺を見学後はバスに乗りました。
次の行程は下記3 つからの選択でした。
[偽散策
足摺海底館
4儻船
我々は雨が降っているにも拘わらず竜串散策をチョイスしました。
我がバスは竜串散策が多かったです。ガイドは無く、自由散策でした。
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竜串の由来が以下のようにインターネットに出ていました。
 1. 観光バスのガイドさん達によく言われている:竜串海岸を上空から見ると竜を串差しにしたように見えるのでの説、その昔どうやって空の上から見ることが出来たのでしょうか?
 2. アイヌ語から来ている説:アイヌ語でツクシ=美しい所だそうです。?
 3. 竜串の一番小高い所を"臥竜山"と言います。竜が臥す…竜臥(たつふし)が竜串(たつくし)に変わったのではないか。?

竜串海岸をgoogleマップで上空から見た写真です。櫛状に岩が並んでいるのがわかります。
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竜串案内の看板がスタート地点にありました。詳しく説明されていました。
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竜串漁港近くの石畳は赤い石で放散虫の遺骸の堆積物でチャートと呼ばれるものだと思います。
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雨が降っていれば岩場は滑りやすいので、ツアーでは中止になりそうですが、添乗員からは「危ない」の一言も無かったです。海岸を歩くと、サラサラしていて滑らない岩場でした。これなら中止にならない訳です。
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化石れん痕といわれている場所です。海中の物質が堆積する時、入っていた硬い含有物が表面に浮き出てきています。
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蜂の巣場となっている場所でした。
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海に向かって伸びている赤い塔が足摺海底館です。
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岩の間に砂礫が一面広がる場所があり様々な色のものが堆積していました。
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サンゴの欠片もありました。
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大竹・小竹と呼ばれている場所です。
竹の節のような形をしているのは海底からの熱水の通り道になっているのではと言われています。
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「絞り幕」と名付けられていました。筋を舞台の幕にたとえたようです。
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大竹・小竹がまたでてきました。
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ところどころ、歩くのに厳しい場所もありました。
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化石れんこんがよく分かる場所です。ここで竜串海岸の中間点ぐらいの場所です。
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つづく・・・四国の旅−21 竜串海岸遊歩道2

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川
四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル
四国の旅−18 足摺岬灯台
四国の旅ー19 金剛福寺






四国の旅ー19 金剛福寺


2010.3.7(日)三日目

足摺岬灯台の後は四国最南端の38番札所の金剛福寺を訪ねました。
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弘法大師により三面千手観音を本尊として823年につくられました。

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大きな池の周りに大きな石を配しているある庭園でした。

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弘法大師の側に大きな大師亀がありました。
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傘をさして庭を眺めて金剛福寺の参拝は終了しました。
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つづく・・・四国の旅−20  竜串海岸遊歩道1

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川
四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル
四国の旅−18 足摺岬灯台




 

四国の旅−18 足摺岬灯台


 2010.3.7(日)三日目

四国の旅は三日目になりました。
朝食も海の幸中心でした。
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鍋の中はアラ汁でした。
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雨が降る中、傘をさして足摺岬に向かって出発しました。
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「ジョン・万次郎」の像がありました。ジョン・万次郎は土佐清水中浜の漁師の息子として生まれたので中浜万次郎と名乗っていました。

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椿のトンネル遊歩道を2km歩き足摺岬灯台がある岬に行きました。
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灯台が見えて来ました。
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足摺七不思議を巡りながら灯台へ向かいました。
七不思議とは不思議が7つあるという意味ではなく多くの不思議があるという意味です。
足摺の名前の由来と七不思議については下記URLに記載されていました。
https://japanmystery.com/koti/asizuri.html

地獄の穴
この穴は灯台の後に行く金剛福寺まで続いているそうです。
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弘法大師の爪書き石
大きな石に南無阿弥陀仏と文字が書いてあるようですが、見えますか?
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足摺岬灯台に到着しました。
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亀呼場だそうです。
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つづく・・・四国の旅ー19 金剛福寺

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川
四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル






四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル


 2010.3.6(土)二日目

二日目の観光を終えて宿泊する足摺サニーサイドホテルへ向かいました。
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高台にあるホテルでした。
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ホテルのロビーからの景色です。
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海の幸満載の夕食でした。
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つづく・・・四国の旅−18 足摺岬灯台

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川









四国の旅−16 四万十川


2010.3.6(土)二日目

四万十川の舟遊びのため少し内陸に入って行きました。
ビニールで覆われている畑は葉タバコの畑とのことでした。
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四万十川が見えて来ました。シンプルな橋は四万十橋です。
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赤字が観光船乗船の場所でたくさんありますが、どこで乗ったのか分かりません。
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写真のような屋形船に乗り込みました。
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清流・四万十川というキャチフレーズをよく見ます。山の中の清流をイメージしましたが、ちょっと違い河口に近い場所でした。水は確かにきれいでした。
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四万十川は全長196mで本流に大規模ダムが建設されていないことから「日本最後の清流」と呼ばれ、柿田川、長良川とともに日本三大清流の一つです。
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船内は足を伸ばして座れる広さでした。
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川べりの石がわずかに緑懸かっているのは石にこびりついている「青のり」です。河口から9 kmにわたり海水と淡水が混ざり合っている場所(汽水域)なので「青のり」が採れるのです。天然青のりは国内生産の90%をしめているそうです。
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「青のり」のサンプルです。
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観光船が来ると漁師が土佐打ちという方法で投げる投網漁を披露してくれました。
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投網で取れたものを見せてくれましたが取れたのは小さなカニでした。モクツガニといい、上海蟹よりもおいしいらしいです。
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四万十橋をくぐり、しばらく行った所で引き返しました。
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椎の木の枝を束ねた物(柴)を川に沈め、うなぎや海老を柴ごとすくいとる漁もしているとのことでした。見せてもらった瓶の中には「うなぎの稚魚」がいました。
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一時間ののんびり、ゆったりの時間でした。
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つづく・・・四国の旅−17 足摺サニーサイドホテル

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場
四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る
四国の旅−16 四万十川



 

四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る


 2010.3.6(土)二日目

二日目最後の観光地四万十川に向かってバスは海岸沿い→山の中→海岸沿いと走りました。
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土佐・伊予は柑橘類の生産地です。
バスの中でのおやつに配布された「ぽんかんシャーベット(フランス語でsorbetと書かれています)」を食べながら風景を楽しみました。
この商品にも高知ではなく土佐と書かれています。今まで見てきた土産物商品には高知ではなく必ず土佐と書かれていました。
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すぐ山の中に入りました。
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新しい道路を建設中でした。学生時代走った四国の悪路はなくなり、快適な道路が次々生まれているのを感じました。
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駅のホームの屋根に「日本一のカツオ船団の町」と書かれていたので、「日本一のカツオ船団の町」で検索すると黒潮町の佐賀港という名前がたくさん出てきました。黒潮町の佐賀港の地図を見ると四万十黒潮ラインに土佐佐賀駅がありそこが最寄り駅なので写真の駅は土佐佐賀駅だと判明しました。
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ホームに「一本釣り」の文字も見えました。佐賀港を出る船はカツオの一本釣り船団だそうです。
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地図で黒潮町土佐佐賀駅周辺を見ていると佐賀と名のつく場所が点在していました。
高知の黒潮町の8割は山林で山が険しいという意味の「サガ(嵯峨)」が由来です。
佐賀県の佐賀は日本武尊が楠の大木が茂り栄える「栄国(さかのくに)」と名付けた説や「スカ(砂洲)」の説や「サカ(坂)」の意味から来たとの説があります。
高知の佐賀は九州の佐賀と関係はありませんでした。
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山の中を走るのは終わり須崎の海岸線を走りました。
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須崎の海岸から見える写真はYou Tubeにしました。


高知・須崎の海岸


つづく・・・四国の旅−16 四万十川

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像
四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場





四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場


2010.3.6(土)二日目

桂浜を後にして昼食会場へ移動しました。
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橋の上から見えた風景です。
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かつお船という団体用ドライブインでした。
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カツオのタタキが売り物の店ですが、カツオのたたきはなく海老のフライやカツオの揚げ物でした。
かつお船のHPは下記URLです。
https://www.tataki.co.jp/shisetsu.htm
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闘犬の絵が飾ってありました。桂浜に闘犬場がありましたが2014年に「とさいぬパーク」になり2017年に閉鎖され現在は闘犬を見ることが出来ません。
「とさいぬパーク」についての記事が下記URLに掲載されていました。
https://icotto.jp/presses/2185
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土産売り場では土佐特産「文担」が売られていました。IMG_7905

そういえば昔、「ボンタンアメ」というのがありました。ボンタンとブンタン違うのかな?と思って調べると、同じもので、九州(鹿児島地方)はボンタンと言い四国(高知)ではブンタンと呼ぶそうです。
ブンタンの生産量は高知が9割とのことでした。
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試食したらおいしかったので「送料無料」の言葉につられて一箱買ってしまいました。
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売り場には箱が置かれて中には一万円札がたくさん入っていました。驚いたことに、箱の周りには店の人はいません。持っていく人はいなかったのでしょうか?
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「かつお船」の隣に「土佐たたき道場」があり、おむすびコロリンの看板も出ていました。
土佐たたき道場はかつおのたたきを藁で炙って作るのを体験出来る場所です。
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二日目は「KOCHIKEN KOTSU」のバス(4台)に代わっていました。
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バスに乗り、昼一番の訪問はかまぼこ工場でした。
小田原の鈴廣のかまぼこ工場と同じ感じでした。
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廊下にはかまぼこ板に絵を描いた作品が並んでいました
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最後はお土産コーナーでした。
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つづく・・・四国の旅−15 土佐の山や海岸を走る

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館
四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像





四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像


2010.3.6(土)二日目


坂本龍馬記念館に居る間に雨が小降りになってきたので「椿の道」を通り浜に出ることにしました。
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暖かい高知なので椿はほとんど散っていました。
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浜辺に突き出た岩場は竜王岬で、その先端に大海津見神(おおわたつみのかみ)を祀る小さな社が見えていました。漁師の妻が夫の航海の安全と大漁を祈願する社です。
展望台になっており天気が良ければ大海原を望むことが出来ます。
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8.2mの台座の上に立つ坂本龍馬の像です。像の身長は5.3mとのことです。
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太平洋を望む龍馬で、和服姿にブーツを履いています。
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龍馬の像は少し高いところにあるので、下って浜へ出ました。
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浜は白砂でした。
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つづく・・・四国の旅−14 昼食・かまぼこ工場

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
四国の旅−12 坂本龍馬記念館








四国の旅−12 坂本龍馬記念館


2010.3.6(土)二日目

龍馬ろまん社中を見学した後は、高知駅から少し離れている桂浜へ行きました。
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桂浜ではまず、坂本龍馬記念館に入りました。
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坂本龍馬記念館では龍馬についての史実をパネルで紹介してあり龍馬ロマン社中と重複していました。

近江屋のセットが有りました。
近江屋は坂本龍馬が中岡慎太郎と居る時襲われふたりとも亡くなった現場です。
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雨が降っており、休憩室でのんびり過ごしました。
窓からの景色です。
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不思議なことに海の中に道路があり車が走っていました。
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種明かしです。
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建物全体の写真が撮れなかったので高知市観光情報URLを覧ください。
海側に突き出た場所が休憩所でした。
https://www.city.kochi.kochi.jp/site/kanko/sakamotoryoumakinenkan.html

高知灯台
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長い間、缶珈琲を飲みながらここで過ごしていました。喫茶店にして欲しいな!と話していました。

雨が小ぶりになってきたので浜に降りました。
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つづく・・・四国の旅ー13 桂浜・坂本龍馬の像

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋
四国の旅11 龍馬ろまん社中
















四国の旅11 龍馬ろまん社中


2010.3.6(土)二日目

四国ツアー二日目の朝食はホテルで定番の和食メニューでした。
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二日目のバスは新阪急高知ホテルの駐車場からでした。
リバーサイドホテルに泊まった我々は用意されたタクシーで向かいました。他のホテルに泊まった人は徒歩で行かなければならず、雨が降っていたので我々はラッキーでした。

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最初の訪問地は高知駅前広場に設置された「高知・龍馬ろまん社中」見学でした。

途中、高知城の追手門前を通りました。山内一豊の高知城へ行きたかったのですが訪問先に入っていませんでした。

山内一豊と千代の生まれた場所は郡上八幡でした。また、掛川城城主だったこともあります。
8.郡上八幡ー1 郡上八幡城へ
9.郡上八幡ー2 郡上八幡城外観
10.郡上八幡ー3 郡上八幡城内部
掛川−1 ステンドグラス美術館
掛川−7 掛川城へ
掛川−8 掛川城天守閣

相当強い雨でした。
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高知・龍馬ろまん社中に到着しました。
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龍馬ろまん社中にはNHK 龍馬伝でおなじみの役者や龍馬の歴史のパネルが並んでいました。
訪問時(2010年)の大河ドラマは福山雅治主演の龍馬伝なので高知にこのような会場が設定されたのです。毎年、大河ドラマの主人公に関係する土地ではイベント会場が設定されます。
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龍馬伝の字体が掲げられていました。
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イケメンの龍馬、中岡慎太郎、おりょうが二階から除いていました。脇の階段には3月なのでお雛様が飾ってありました。
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土佐の土産物店が並んでいました。
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ろまん社中の中は撮影禁止なので写真はほとんどありません。
外観の写真は下記URLを開いてください。
http://moromoro.my.coocan.jp/2011_H23/744_kouchi_ryoumaromanshacyuu/kouchi_ryouma_roman_shacyuu.html

2010年5月5日で入場者20万人を越えたそうです。

つづく・・・四国の旅−12 坂本龍馬記念館


四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車
四国の旅−10 高知2 はりまや橋




 

四国の旅−10 高知2 はりまや橋


2010.3.5

ツアーでは夕食がついていなかったので「はりやま橋」までぶらぶら歩いて食事をすることにしました。

川沿いの遊歩道のユキヤナギはもう満開でした。やはり高知は暖かいようです。
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鏡川を渡るとすぐはりまや橋でした。
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【はりまや橋由来】
藩政時代、堀で隔てられていた豪商播磨屋と富商柩屋(ひつや)がお互いの往来の為に架けた私
橋が後に「はりまや橋」と呼ばれるようになりました。橋は時代とともに幾度か架け替えられ、
昭和33 年には南国博覧会のため、朱色の欄干が登場します。
翌年、歌謡曲「南国土佐を後にして」がヒットしたことで、同名の映画が作られ、スクリーン
に映し出された朱色の欄干が「はりまや橋」として、全国に知られるようになりました。

「日本三大がっかり」というのがあるそうです。「札幌の時計台、高知のはりまや橋」は殆どの人が掲げますが三つ目は沖縄の守礼門や長崎のオランダ坂などいくつかの説があるそうです。

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はりまや橋の下を流れる川を再現して公園になった場所です。
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よさこい節は恋の歌でした。
【よさこい節】
土佐の高知のはりまや橋で坊さんかんざし買うを見たよさこいよさこい
御畳瀬(みませ)見せましょ浦戸を開けて 月の名所は桂浜よさこいよさこい
言うたちいかんちゃおらんくの池にゃ潮吹く魚が泳ぎよりよさこいよさこい
土佐は良い国南をうけて 薩摩おろしがそよそよとよさこいよさこい
わしの情人(といち)は浦戸の沖で雨にしょんぼり濡れて鰹釣るよさこいよさこい
よさこい晩にこいといわんすけれど 来てみりゃ真実こいじゃないよさこいよさこい
西に竜串東に室戸中の名所が桂浜よさこいよさこい
思うて叶わにゃ願かけなされはやる安田の神の峰よさこいよさこい
来るか来るかと待つ夜にゃこずに月の種崎まつばかりよさこいよさこい
土佐の名物珊瑚に鯨紙に生糸鰹節よさこいよさこい

【はりまや橋で坊さんかんざし買うを見た】について
高知県五台山竹林寺の脇坊の僧「純信」が、五台山長江の鋳掛屋新平の娘「お馬」と恋をし、はりまや橋でかんざしを買って与えたという噂が広がり、二人は国境の関所を破って讃岐に駆け落ちしたが、追っ手に捕らえられ連れ戻されて罰せられ、破戒と番所破りの罪で城下の三カ所でさらし者にされたのち、純信は国外へ(現愛媛県川之江)、お馬は仁淀川以西に追放された事件を詠んだ歌です。
龍馬が第一次江戸留学を終え土佐に帰郷している間に起きた事件だそうでです。

ペギー葉山が歌った「南国土佐を後にして」の歌詞の中のよさこい節との関係と高知の観光案内について述べた記事は下記URLです。
https://www.worldfolksong.com/songbook/japan/minyo/nangoku-tosa.html

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京町商店街入り口にあったはりまや橋のミニチュアです。
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18時を過ぎた京橋商店街アーケードは人が疎らでした。
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アーケード街に入りすぐ右に曲がった所に郷土料理の店がたくさんありました。どの店もメニューが同じで、必ず「カツオのたたき」がついていました。
店構えが一番きれいなな「司」で食事をすることにしました。
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店の入口には龍馬の大きな写真が飾られていました。
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土佐の郷土料理と言えば「皿鉢料理」です。皿鉢料理は酒宴用料理で、土佐人は酒飲みが多く、宴会時客人の数が多数になります。そして何日も続くことがあるので、料理の用意が大変なため、あらかじめ大皿に盛って出すようになったのが始まりということです。
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皿鉢料理は二人には量が多すぎるのでセットメニューにしました。
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入り口に龍馬が立ち、ビールのコースターには岩崎弥太郎がいました。まさに土佐へ来た感がありました。
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京橋商店街の先に「はりまや橋商店街」があり、こちらは明るく賑やかなようでしたが朝早かった疲れもあり戻りました。
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食事の帰りに開いてる店を見ると土産物の菓子は龍馬のオンパレードでした。2010年の大河ドラマは龍馬伝だったのです。
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「龍馬が愛した珈琲」までありました。
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帰る途中、洋菓子店があり、龍馬の大きな写真(本物の龍馬と大河ドラマの龍馬)につられて中に入りました。
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家内がお土産のお菓子を購入している間に「伝説のシュークリーム」を見つけました。どういう伝説なのか店の人に聞くと「九州においしいシュークリームを作る店があり、勤めていたシェフがそこへ修行に行き作り上げたシュークリームということでした。落ちがあり、「そのシェフは帰って来てからすぐ辞めたがレシピが残っていたので復刻出来た」とのことでした。夜のティータイムのため、2個購入しました。
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シュークリームは中のクリームはぎっしり詰まっており小ぶりにもかかわらず手のひらに乗せるとずっしり重かったです。クリームはフワッとしているのではなく、お店の宣伝文句通りプリップリでおいしかったです。このようなシュークリームは初めてです。シュークリームに添えてあるのはにサービスで貰ったバウムクーヘンです。
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ホテル備品のお茶と歯ブラシの袋にも坂本龍馬と岩崎弥太郎のデザインが施してありました。
翌日は「土佐・龍馬であい博」会場へ行きました。
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つづく・・・四国の旅11 龍馬ろまん社中


四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋
四国の旅−9  高知1 路面電車






四国の旅−9  高知1 路面電車


2010.3.5

四国の旅一日目は香川県、徳島県の「金刀比羅宮ー大歩危小歩危ー祖谷のかずら橋」を巡り、高知県に入りました。
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大豊IC から南国IC までは高知自動車道を走りました。トンネルが多い地域でした。高知自動車道は愛媛県の川之江JCから高知県の四万十ICを結ぶ道路です。この道路のお陰で四国を横断するのが速くなりました。
南へ下るトンネルの入口には土佐沖のクジラのデザインのマークが付いていました。「15/19」とは高知自動車道19のトンネルのうちの15番目という意味です。トンネルの長さは3730mです。
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2008年に新しくなった高知駅に到着したのは夕暮れ時でした。
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阪急電車のような色の高知の路面電車に出会いました。
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高知の路面電車の会社名は「とさでん交通株式会社」です。
「とさでん」の車両は外国の車両も使っています。
https://www.tosaden.co.jp/train/syokai.php

高知の路面電車の路線図
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・「とさでん」は日本最古の路面電車
・路面電車で一番長い距離を走る
・ダイヤモンドクロスがある
興味のある方は下記URLを御覧ください。
https://kochike.jp/column/11105/3/
https://kochike.jp/column/12042/
https://kochike.jp//?post_type=column&p=655

バスの中から見えたはりまや橋です。夕食の時この付近を歩きました。
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リバーサイドホテル松栄が我々のホテルでした。
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つづく・・・四国の旅−10 高知2 はりまや橋

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−8 祖谷のかずら橋




四国の旅−8 祖谷のかずら橋


2010.3.5

バスは山奥の祖谷のかずら橋に向いました。
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四国の中心部は山国だということを実感しながら日本三大秘境のひとつに数えられている山奥へ進みました。
日本三大秘境
・白川郷
・祖谷山村
・椎葉村(宮崎)
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「祖谷そば仙吉」の壁には忍者が張り付いていました。
祖谷にはなぜ、忍者が・・・下記URLを御覧ください。
https://miyoshi-city.jp/2022/05/14667/
https://miyoshi-city.jp/2022/05/14670/
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山間に集落があります。子供が結婚すると家を子供に譲り、親は以前より上に家を建て周りを開墾します。二人目の子供が結婚すると、親は又その土地は子供に与え、家を建て周りを耕し、集落は上へ上へと伸びたそうです。
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石垣を積みながら開墾した土地です。棚田の原風景です。
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バス駐車場に着き、歩いてかずら橋へ向いました。
かずら橋を見るとロープにしがみついている人がいます。最初は何故ロープにしがみついて動けない人がいるのか分かりませんでしたが、渡ってみて納得できました。
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かずら橋は長さ45m、幅2m、水面からの高さ14m で日本三奇橋の一つで重要有形民俗文化財です。大正時代に一度、ワイヤーを使った吊り橋に架け替えられましたが、1928 年(昭和3 年)に地域振興目的でかずら橋が復活されました。ただし安全のためワイヤーによる補強は現在も行われています。3 年に一度の架け替えには約2 週間を要し、材料である太いかずらの調達は年々困難になってきており、細いかずらを撚り合わせて使用しているということでした。

日本三奇橋については下記URLを参考にして下さい。
https://tabi-mag.jp/unusual-bridge/


かずら橋を渡るのは有料で一方通行でした。
祖谷の山奥は平家の落人が住み付きました。源氏が攻めて来た時に、橋を切り落として身を守るために造ったと言われています。
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家内はスイスイと歩いていきますが、私は足元の隙間が気になって足がすくみがちでした。
もう、こういう橋は渡りたくないと思いました。
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ツアー客が渡り終えると誰も渡る人はいませんでした。
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かずら橋を渡った先にある平家の落人に因んだ琵琶の滝を見に行きました。
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バス駐車場に戻り「鳴門金時」というアイスクリームを見つけ購入しました。
サツマイモの粒がはいっており、甘くて絶品でした。
「砂地でつくったさつまいも、甘くておいしい風味豊かなアイスです」と書かれていました。その通りでした。ネットで検索するとたくさんヒットします。徳島の名産ですので徳島へお越しの方は探してみてはいかがでしょうか?
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バスは遊覧船に乗った人を迎えにもう一度「大歩危」へ行きました。。

「平家屋敷」への門です。
徳島観光情報サイトに掲載されている平家屋敷民俗資料館の説明は下記URLです。
https://www.awanavi.jp/spot/20331.html

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大歩危遊覧船乗り場の駐車場から望む大歩危です。
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つづく・・・四国の旅−9  高知1 路面電車


四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ
四国の旅−7 大歩危小歩危

 


四国の旅−7 大歩危小歩危


 2010.3.5

バスは吉野川の流れに沿って進みました。
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今は穏やかな流れに見えますが、吉野川の激流によって2億年の歳月をかけ削られて作られ造られた渓谷、大危小歩危(おおぼけこぼけ)です。
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8kmにわたる渓谷で、バスは小歩危から大歩危へと走りました。
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大歩危小歩危の名前の由来は崖を意味する古語「ほき(ほけ)」からつけられたという説と
「大股で歩くと危ないから大歩危」
「小股で歩いても危ないから小歩危」という説があります。
大股で歩いても小股で歩いても危ないならどのように歩けばよいのでしょうか?
中股で歩けば良いそうです。(笑い)
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土讃線の鉄橋です。
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土讃線
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「大歩危」に遊覧船が浮かんでいます。ここで遊覧船に乗るか、かずら橋を見学するかの選択になりました。私達 は「大歩危」は上から見たので「かずら橋」へ行くことにし、そのままバスで山奥へ向かいました。
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「大歩危駅」のホームには列車待ちの人が一人いるだけでした。ホームに吊り橋「かずら橋」のミニチュアが置かれていました。
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つづく・・・四国の旅−8 祖谷のかずら橋

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道
四国の旅−6 大歩危小歩危へ









四国の旅−6 大歩危小歩危へ


2010.3.5

金毘羅宮に参拝した後、大歩危小歩危へ向いました。
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鳥居の横に1860年に建てられた高さ27m の日本一高い灯籠がわずかに見えています。国の重要有形民族文化財に指定されています。瀬戸内海を航行する船の指標として建てられ、船人が金比羅山さんを拝む目標灯となっていました。
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バスは山の中を走りました。
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バスは土讃線に沿って走りました。
土讃線は四国を横断する鉄道です。
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下の写真のような洞門が続いていました。
高松から高知まで特急列車は2 時間14 分だそうです。道路が良くなったのでハイウエイバスが2 時間9
分で走っているそうです。土讃線と並行してバスは走りましたが一度も列車とは出会いませんでした。
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吉野川です。
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川に突き出た洞門の跡のようなものが見えています。
幻の池田橋でした。下記の記事を御覧ください。
https://nishiawa.blog.fc2.com/blog-entry-552.html
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池田町の発電所です。最大5000kwの能力があります。
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へそっ湖大橋(四国のへそ部分に掛かる橋の意味?)が見えてきました。
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池田湖に掛かる橋です。
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橋の下には立派な野球のグラウンドがあります。高校野球で有名になった池田高校の野球部のグランウドです。池田高校は徳島県代表なので香川県から徳島県に入ったことになります。
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昭和51年に完成した吉野川にかかる池田大橋です。
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東三好橋(?)
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色々な橋を見ました。

つづく・・・四国の旅−7 大歩危小歩危
四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ
四国の旅−5 参拝後の帰り道 




 

四国の旅−5 参拝後の帰り道 


 2010.3.5

参拝を終え、往きとは別の道を下りました。
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書院の裏に出たようです。
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書院の近くに資生堂パーラー「神椿」がありました。書院での展示場と合わせて文化ゾーンの一
環として完成したらしいです。
HPは下記URLです。
https://kamitsubaki.com/

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金毘羅さんと犬の関係は下記URLを御覧ください。
この中に出てくる「丸金か京六か」という言葉の京六とは京都六条の東西本願寺を指します。
https://www.konpira.or.jp/articles/20200907_konpira-dog/article.htm
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お城のような建物は神奈川県産の花崗岩で出来ている宝物殿です。
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早咲きの桜でしょうか?
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往きの階段とは違って、山の中のハイキングの雰囲気でした。
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1 時間半で金比羅宮巡りをしてきましたがこの時間では忙しかったです。ゆっくり参道の店など覗きながらお参りするにはもう一時間は欲しいです。

昼食をとった店に戻って来ると香川県の家庭郷土料理「しょうゆ豆」が振る舞われました。
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金比羅宮参道に本店がある昭和23年創業の「灸まん本舗石段や」がつくったお灸の形をした饅頭「灸まん」は金比羅宮のお土産として親しまれているとのことです。
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つづく・・・四国の旅−6 大歩危小歩危へ

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ



四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ


2010.3.5

金毘羅宮の本宮はさらに上で、写真の階段を上り切るとゴールでした。IMG_7658


賢木門(さかきのもん)を通り、さらに階段を上ります。
「賢木門」の由来は戦国時代に遡ります。
戦国時代四国地方を治めていた長宗我部元親が讃岐に侵攻し金比羅山も焼かれました。
その結果、騒乱が起こり神様が怒っているとのことで急いで修復しました。
その際、急ぎすぎて門の柱を一本逆さにつけてしまいました。それで「逆木門」と呼ばれましたが「逆」という字が縁起が悪いと賢しい(さかしい)という字を当てて「賢木門」となったそうです。
その続きがまだあります。
その賢木門の元の柱(逆さに取り付けた柱)は長宗我部元親によって奉納され現在も「宝物殿」で見ることが出来るとのことです。

賢木門をくぐり最後の長い石段を上がりました。写真は下が写っていませんが門なのです。
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一旦止まり見上げてから上りました。
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階段を登りきると金毘羅宮本殿でした。
中央から写真を撮ると礼を失するので斜めから撮りました。
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本殿の側には葵の紋がはいった灯籠がありました。
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本殿は明治11年に改築されたもので、檜皮葺きです。
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 御神木
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高台からの景色です。
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「おむすび山」をたくさん見ることが出来ました。
四国には現在火山はありませんが1400万年前には存在し、おむすび山の中心部は地下のマグマが地表に出る通り道でした。
マグマは固まり安山岩になり、長い年月をかけてマグマの周囲の柔らかい岩(花崗岩)が削られ今の「おむすび山」の形になったと考えられています。

写真をクリックすると拡大しますので拡大して風景をお楽しみ下さい。
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海抜251mからの景色です。
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つづく・・・四国の旅−5 参拝後の帰り道 

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ








四国の旅−3 大門・書院・旭社へ


 2010.3.5

金比羅宮の大門をすぎると店はなく石灯籠が並ぶ静かな参道になりました。
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二百万円奉納の石碑です。
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なんとなく寺院の雰囲気になってきました。
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書院です。
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訪問した年は寅年なので「開運寅」と書かれている垂れ幕がありました。書院内に円山応挙の寅の襖絵があるので有名です。残念ながら時間がなく中へは入れませんでした。
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香川県ネットテレビのネット配信に書院の紹介がありました。円山応挙の襖絵も掲載されています。
https://www.google.com/search?q=%E9%87%91%E6%AF%98%E7%BE%85%E5%AE%AE+%E6%9B%B8%E9%99%A2&oq=%E9%87%91%E6%AF%98%E7%BE%85%E5%AE%AE%E3%80%80%E6%9B%B8%E9%99%A2&aqs=chrome..69i57.7872j0j7&sourceid=chrome&ie=UTF-8#fpstate=ive&vld=cid:31f8275f,vid:DJZuyLBp3Q8

今治造船所が奉納したスクリューです。
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1837年(天保3年)に建てられ重要文化財に指定さている旭社(あさひのやしろ) です。
立派な建物なので森の石松は本宮と勘違いしてここで帰ったとか。無理もないですね。
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つづく・・・四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道






四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道


2010.3.5

昼食後、金毘羅宮の参道を歩きはじめました。

「本家とらや」と書かれた古い建物は「旅館とうどん店」でした。
「本家とらや」は江戸時代からの三百数十年という老舗の旅館で昭和天皇が泊まり皇室御用達の旅館でしたが昭和30年に旅館を廃城し「そばとうどん」の店になりました。
「とらや」の建物を横目に歩く人々は竹の棒を手にしていますがこの棒は昼食をとった店で無料で貸し出してくれた物です。
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籠屋さんは歩く人に声をかけていましたが乗る人はいないようです。道中、籠に乗った人は見ませんでした。
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階段の始まりです。
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丸金うちわ
江戸初期に金比羅参詣の土産物として、赤に丸金印のうちわが作られたのが丸亀うちわ始まりといわれています。私が住む南足柄市では丸金は金太郎の腹巻きに書かれています。
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本宮まで行くのですがまだまだです。
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一之坂鳥居の左の柱に「四海平穏」、右の柱に「世界平和」と書かれていました。四海とは「四方の海」から「世界」を意味する言葉らしいです。
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階段が急になってきました。
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168段の表示が見えます。全部で785段あるそうですから前途多難です。
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大門が見えてきました。土産物店の並びはここまでです。
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大門は365段目に立つ門です。二層の入母屋造瓦葺きで1650年に初代高松藩主・松平頼重の寄進です。
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金刀比羅宮の総本部となている金刀比羅(ことひら)本教です。
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大門の先には商店はなく、五人百姓と呼ばれる飴屋のみが神域で商いを許されています。
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 つづく・・・
四国の旅−1 金毘羅宮へ





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