会社時代の一時期一緒に仕事をした仲間13人が
2012.4.10(火)
AM10:00に新橋に集合しました。
新橋駅にあるD51機関車の動輪と鉄道唱歌の碑
大正時代の新橋駅の写真を見つけました。
味わいある駅だったのです。
明治・大正時代はレンガ造りの建物が
よく建てられていたようですが
今はレンガ造りの建物は少なくなりました。
著作権は切れている写真です。
「ウイキペディア新橋駅」に掲載されていました。
ファイル:Shinbashi eki.jpg
足柄から東京へ住まいを移した仲間のガイドで
築地場外市場(ここで寿司の昼食)ー浜離宮(花見)
−水上バス(東京スカイツリーを眺める)−浅草(仲見世を歩く)
のコースを巡りました。
新橋周辺マップ
写真をクリックするとすべての写真が拡大されます。
以前に築地市場を訪れた際には中に入れましたが
残念ながら今は入れなくなっていますので
場外築地市場へ行きました。
新大橋通りに面している
築地場外市場です。

何故か中華そば店があり、行列ができていました。
魚介類が入っているわけではなく普通のラーメンのようです。
「井上」は1986年から開店している老舗の店で
築地の魚河岸の人達を相手に始めたのでしょうが
今は築地見物らしき人が並んでいます。
築地場外市場は新大橋通りと晴海通りが交差する角にあります。

いよいよ市場の中に入っていきます。
上野アメ横のような感じの店が並んでいます。
狭い間口で商売をしています。


声をあげての呼び込みも盛んです。
場外市場のある通りから築地本願寺が見えます。
場外市場から晴海通りに出ると
勝鬨橋が見えます。
勝鬨橋は大きな船が通る時、橋が跳ね上がったのですが
1980年に電力供給を止め、可動部はロックされました。
復活させる運動もありますが、都の試算では10億円かかるとのことです。
勝鬨橋の反対側を見ると
「門跡橋」という交差点の表示が見えます。
今は埋め立てられ橋はありません。
築地は江戸時代に埋め立てられた場所なので
運河が多く、当然、橋が多くかかっていたのでしょう。
はたして橋があったのか調べてみると、
門跡(もんぜき)橋という橋があったのです。
下記URLに写真が載っていました。
http://blog.goo.ne.jp/ryuw-1/e/3a7ce8da8be99e1c7b48975e669eeaeb
現在も「門跡橋」の親柱が残っているとのことでした。
http://finches.exblog.jp/12410592/
門跡(もんぜき)とは平安時代以降、皇族や貴族が出家して
居住した特定の寺院を指していたのですが
室町時代からは格式のある寺を門跡寺院と呼ぶようになりました。
築地本願寺の傍を流れていた川にかけられた橋なので
「門跡橋」と呼ばれたのでしょうか?
お昼は「すしざんまい本店」でお寿司を食べました。
「すしざんまい」は多くのチェーン店があるようです。
http://www.kiyomura.co.jp/shop/shop01_01-00.html
階段を上がって3Fに通されました。
昼食後晴海通りに出ると
オープントップのSKYBUSが交差点で停まっており
車内放送で築地場外市場の説明があったのか
乗客はこちらを見ていました。
おそらく、東京タワー・レインボーブリッジコースの人でしょう。
SKYBUSは東京駅丸の内から出ている観光用バスです。
詳細は下記URLをご覧ください。
http://www.skybus.jp/?gclid=CLL3zsSZrK8CFUlNpgodBBAslw
この後、浜離宮の桜見物へ行きました。
つづく
築地とスカイツリーを巡る会−2(浜離宮恩賜庭園)・・・4/16
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