今年最後の本の紹介です。

アダムとイブ

(岡田温司)

(中公新書)

 


アダムとイブと言えば、「最初の人間で、禁断のリンゴを食べたため、エデンの園から追放された」

ということぐらいしか知らないのでタイトルに惹かれ読みました。

アップルマーク

 右上にかじった跡があるリンゴのアップル社のロゴがこのエピソードによるものです。

 

本


この本は西洋の絵画と共にアダムとイブをひも解く本です。

 


 








備忘録として内容を記しておくので興味のある方は本を読んでください。

 
【第一章】イブがどこから生まれて来たのか?という疑問解明です。

疑問解明と言っても諸説があり、相矛盾する事象がありなかなか難しいです。

 

ユダヤ伝承では「リリス」なる女性の存在があり、イブに相当する。旧約聖書「イザヤ書」には「夜の魔女」と呼ばれた悪魔的女性が登場するがこれは「リリス」と言われている。

後に、長くて豊かな金髪は男を惑わし縛る「運命の女」の代名詞となる。 no title

 


 


 














イスラム教啓典である聖書旧約聖書)の最初の書「創世記」には「神はアダムの肋骨からイブを作った」と書かれている。アダムが眠っている時、つまり知性が働いていない時につくられたイブは感覚を象徴しているということで、男性は理性、女性は感覚の持ち主である。

イブはアダムの肋骨から出来たのだがどこから生まれて来たのか?脇腹から生まれて来た図がたくさんある。アダムとイブは両性具現体と考えられていた。キリスト教ではアダムがキリストでありアダムの脇腹から生まれたのがイブがマリアとされている。下図の左が脇腹から出ている図であり、右はキリストの脇腹からマリアが生まれている。すなわち、アダム=キリスト、イブ=マリアである。

キリストから誕生
























































分子生物学ではイブについては「ミトコンドリア・イブ」がそれで、女性にのみ受継いでいる。

アダムは「Y染色体アダム」なるものがそうでオスにしか出てこない染色体である。

 

【第二章】エデンの園はどこにある?

 神が東の方に設けたエデンの園は4つの川があり、水が豊富で琥珀など宝石が豊富で多くの動物や花があり、中央に「命の木」と「善悪の知識の木」があるという。4つの川とはビション、ギホン、チグリス、ユーフラテスをいう。ギボンは現在のナイル川である。ビションはガンジス川と言われている。この4つの川が流れる源流を皆さん想像してみてください。 候補は14世紀〜16世紀の絵画に多く描かれ、考えられたが「ここだ!」と言う場所は無い。しばしば極東の地と考えられているが、アフリカの説もある。昔の地図は必ずしも上が北を示していない。

1450年頃フラ・マウロは地図の外にエデンがあると描いている。

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【第三章】原罪と追放

 アダムとイブはエデンを守る天使に追い立てられるのではあるが、1426-27年マザッチェは打ちひしがれた二人を描いているが20世紀シャガールは軽やかに飛翔する二人を描いている。これからの未来に喜んで飛び込んでいくようである。全く違うのは?時代に寄る考え方の違いだろうか?

   マザッチェ            

 アダムとイブ追放落胆


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 











シャガール
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「創世記」には絶望の淵でアダムとイブは去ったとはどこにも書いていない。勿論、二人には大きな罰を与えている。すなわち、死の現実に直面することと、裸であることを認識することである。

さらに女には産みの苦しみ、男にはパンを得る苦しみを課した。

しかし、神はアダムとイブに川の衣服を着せ、暮らすに必要な鍬と糸巻きを与えている。すなわち、後世が罰をどう考えるかである。

 道具を与える


 


 

















いつ頃からアダムとイブが罪深きと強調されるようになったかは、使徒パウロにある。彼は「一人の人(アダム)によって罪が世に入り、罪によって死が入った」「罪によって多くの人が死ぬようになった」という。そして「一人の人(イエスキリスト)によってその罪が償われたと結び付けている。さらにユダヤ人もギリシャ人も罪の元にある・…正しいものはいない。罪を負っているということで人間は平等だということです。

 

14世紀から15世紀にはアダム派が現れ、聖書の記述を真に受けて、人間がエデンの生きていたころの純粋さと無垢を手本にしようとする。それは裸で生活するということを意味する。聖書によれば「裸であったが恥ずかしがりはしなかった」である。20世紀に起きた「ヌーディズム」が「自然に還れ」「無垢なる裸」だったのです。



つづく・・・・アダムとイブー2