2012.1.20(日)

JR西日暮里駅から線路沿いに坂道を登って行くと富士見坂へ通じます。

マップ
























JR横の坂道は諏訪台通りというのです。まっすぐ歩くと日暮里駅に行けるようです。
no title


















西日暮里駅ホーム横の坂道を登って行きます。
no title
















間もなく見えてきたのは「西日暮里公園」です。
no title

















この地は、道潅山と言われていた場所で、太田道潅の砦に荷を運んだ舟の目印にしたという舟繋松が植わっていたと言われています。
興味のある方は下記の写真をクリックして拡大してお読みください。

IMG_6630
















道潅山は桜の木も植わった市民憩いの場所だったのですね。
no title

















道潅山は上野から飛鳥へとつづく台地になっており、この公園付近を含む寺町付近は「ひぐらしの里」と呼ばれたそうです。江戸時代、人々が「日の暮れるのを忘れて四季折々の風景を楽しんだ」のです。そこから新堀と言われていたこの地区に「日暮里」no titleという文字を与えたそうです



















西日暮里公園の隣には第一日暮里小学校の門があります。校舎はこの門から下に降りたところにあります。南北につながる諏訪通りの台地から東西に行く道は全部坂道です。

no title

















門の横に「正直親切」の文字とふくろうの像がありました。「正直親切」の文字はこの学校の卒業生である高村光太郎の直筆で、フクロウの像は石彫家飯田雅光の作で、校歌の「諏訪の森かげ、緑の風に・・・」にふさわしい「森の知音」で小学校のシンボルになっているとのことです。

no title

















諏方(スワ)神社:徳川家光より社領5万石を安堵された日暮里・谷中の総鎮守です。

no title















no title

















御嶽山の矢印の先には?と行ってみると下の写真です。御岳山は全国にあり、山頂には御岳山神社があるので、御岳山参りの替わりかと思います。
no title















no title
















西日暮里駅西口方面へ降りる坂道は「地蔵坂」です。「諏方神社の別当寺である浄光寺に江戸六地蔵の三番目として有名な地蔵尊があったところから名づけられた」と書いてありました。
日曜日の大雪が一週間たってもまだ残っています。
no title
















境内の東側にはJRの電車が良く見える場所があります。行こうとしたのですが足元が雪のためぬかるんでいるので止めました。カメ女(カメジョ(カメラ女子))が一人写真を撮っていました。
no title
















江戸六地蔵と雪見寺(浄光寺)の説明板

IMG_6658山門をくぐって左手に、高さ一丈(約3メートル)の銅造地蔵菩薩がある。元禄四年(1691)、空無上人の勧化により江戸東部六ヶ所に六地蔵として開眼された。もと門のかたわらの地蔵堂に安置されていたもので門前は「地蔵前」ともよばれる。

(良く知られている江戸六地蔵とは
江戸六地蔵とは京都の六地蔵に倣って、江戸の出入口6箇所(東海道、奥州街道、甲州街道、中仙道、水戸街道、千葉街道)に造立・設置されている地蔵です。東海道は品川寺にあります)。

浄光寺は、真言宗豊山派の寺院。法輪山法幢院と称し、江戸時代までは
諏方神社の別当寺であった。元文2年(1737)、八代将軍吉宗が鷹狩の際にお成りになり、同5年以降徳川将軍御膳所となった。境内に「将軍腰かけの石」がある。
眺望にすぐれた諏訪台上にあり、特に雪景色がすばらしいというので「雪見寺」ともよばれた


浄光寺の門には六地蔵3番目と書かれた古い石碑があります。
no title

















門を入った右には地蔵さんが並び、左に地蔵菩薩坐像と地蔵菩薩立像が並んでいます。
no title
















no title
















日輪を背負っている地蔵菩薩です。
no title
















no title







































境内から見える東京スカイツリー
no title
















浄光寺のすぐ先が富士見坂です。

つづく・・・西日暮里 富士見坂