2011.11.16
弥次喜多の話に「きょうは小清水に泊まるつもりだ」との台詞で登場するのが小田原宿の古清水旅館です。
「大清水」が本陣、「小清水」が脇本陣で、弥次喜多の泊まるような宿ではなかったと思います。両者は途中合併し現在の「合同本陣 古清水」となったそうです。
つい最近まで古清水旅館はあったのですが、古清水旅館の古い建物は無くなり、マンション「ブラージュ古清水」に建て替えられました。
インターネットに最近まであった古清水旅館の写真がありました。

しばらく、かまぼこ通りに来なかったら、古清水旅館は高齢者向け賃貸住宅「プラージュ古清水」に建て替え中でした。

プラージュ古清水
1945年8月15日にアメリカ軍B29一機に小田原の下記赤斜線で塗られた場所が空爆にあったのです。黒白写真が古清水旅館です。小田原はB29の爆撃目標ではなかったのですが、アメリカに帰る途中、機体を軽くするため、残りの爆弾を投下したそうです。
詳しくは下記写真をクリックし、出てきた写真をもう一度クリックしてください。写真が拡大し説明が読めます。
2Fは「旧本陣古清水旅館資料室」と書いてあったので2Fへ行きましたが管理人がいないので締まっており見ることができませんでした。
エレベータ内に貼ってあった各階の名前です。
小田原にゆかりのある名前が付けられています。
古清水旅館の隣の空き地は明治天皇が宿泊した古清水金左衛門本陣があった場所です。
敷地面積は240坪あったようです。明治天皇は5回宿泊しているそうです。
明治天皇宮ノ前行在所趾の碑。
明治天皇宮ノ前行在所趾の説明です。写真をクリックして拡大してください。
後日、「旧本陣古清水旅館資料室」へ行って来ました。
つづく・・・・東海道53次 NO48-3 小田原宿本陣古清水旅館資料室
・旧東海道53次小田原宿 NO47-1 小田原城山王曲輪に入る