2013.11.11

ランチの後は帰り道となります。

帰り道


地図を見ても何も記述されいない広い屋敷があり、木が多く茂っているので覗くと古い民家がぽつんとありました。
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正定寺の入口、長い参道です。
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鐘楼と赤門が印象的です。
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古河八景を選んだ先人は、その一つに”正定寺の晩鐘”を詠っています。
”おいさびてものおもう身にあらなくになど入相の鐘のさびしさ”
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赤門から入ります。
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本堂
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境内にある土井勝利像

 土井利勝(1573-1644)は寛永十年(1633)下総佐倉城主から古河城主となり、正定寺が土井家の菩提寺です。 土井勝利は江戸幕府の大老職にあり家康秀忠家光に仕えて幕府の基礎を築いた幕閣の一人です。古河地方の開発にも貢献する所が大きかった古河城主の一人であります。
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像の台には土井家の家紋「六つ水車」が描かれています。
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下の写真の大きな石碑は侍従樅碑です。そばの案内板には下記のように記されていました。

(土井利勝公御代記)

 土井家初代利勝公(1573-1644・行年七十二才)
 徳川家康居城の浜松城で誕生。家康の御子と刻まれている。(4行目下段)
 1633年、古河城主(16万117石)となる。
 1638年、江戸幕府初代大老となる。
「侍従」は役職名。「樅」は利勝公逝去し、別邸内に衣冠を埋め、そこに大樅の木があるのが理由。この石碑は土井家十四代利与建立。昭和八年、正定寺に移築』

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正定寺もう一方の門は黒門で下記の説明がありました。

もと江戸(東京都)の本郷にあった旧古河藩主土井家の下屋敷表門であったが、昭和8年(1933)に土井家の菩提寺である正定寺に移築、寄進されたものである。
 本柱と後方の控柱の上に、冠木(かぶき)や梁、切妻屋根を平入りにのせた上層武士の家の門として用いられることの多い薬医門である。両側に袖塀が付き、向かって左側に潜戸がある。建築年代は不明。屋根は移築の際に後補されたのか反りを失っている。
高さ470センチメートル、幅621センチメートル、瓦葺。

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屋根瓦にも水車の紋が描かれています。
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昔ながらの料亭です。今も営業をしています。地図を見ると料亭と書かれた場所が沢山あります。
木造3階建ての立派な建物です。

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料亭の先には旧武家屋敷が見えました。
武家屋敷の前の通りを杉並通りといいます。
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くぐり戸が左右についている立派な門です。
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日光街道に戻ってきました。雪の結晶を抱いた街灯です。
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古河駅近くに来ると、雨が降ってきましたので、古河散策は終了です。
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小京都とも呼ばれている古河城下町はJR古河駅から近く歩いて回れる範囲に古い建物が残っている美しい町なので、途中下車に丁度良い町です。案内板が充実していますので、観光マップを持って歩くとさほど迷わず歩けます。

古河散策シリーズ おしまい

一年御覧くださりありがとうございます。
来年もよろしくお願い致します。

古河散策シリーズ

1.古河散策ー1 肴町
2.古河散策ー2 ぬた屋
3.古河散策ー3 鷹見泉石記念館
4.古河散策ー4 歴史を訪ねて
5.古河散策ー5 永井路子旧宅