2011.11.16

 
日本鋼管指定特約店の古川商店事務所です。 銅の屋根と窓がしゃれています。
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SIBATA SYSTEM と書かれた古い洋館です。
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火の見櫓が二つある小田原消防署です。
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一号線を箱根に向かうと右に「光円寺」、そして左に「大久寺」があります。


光円寺

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、『光円寺』の境内には春日局自身がお手植えしたとされている樹齢400年の『大イチョウ』があります。この光円寺は春日局が再建したのです。

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板橋見附マップ



 

「大久寺」は小田原藩主、大久保家の菩提寺です。
江戸幕府になってから大久保忠世が治め、その後忠隣が藩主になったが本多正信との勢力争いに敗れその後幕府直轄地となったのです。寛永
9年に稲葉正勝が小田原に転封となり、この稲葉氏の統治は正勝・正則・正往の3代のみです。

春日の局が結婚した相手が稲葉正成でその子、正勝が家光に仕え、春日の局の配慮で小田原藩主となったのです。春日の局や稲葉家の墓は入生田の長興山にあります。
長興山はしだれ桜で有名です。

貞享3年
(1686)、大久保忠朝は佐倉から小田原転封を命ぜられ、大久保氏が再び小田原藩主として治政を行うことになったのです。
忠朝以降の藩主は忠増―忠方―忠興―忠由―忠顕―忠真―忠愨―忠礼―忠良と続き、明治維新を迎えました。


写真は大久寺入り口です。

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本堂
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本堂の古瓦です。中央に大久保家の紋、「上り藤の大の文字」が見えます。写真をクリックするとよくわかります。
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大久保一族の墓です。
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つづく・・・東海道53次小田原宿 NO49-3  板橋旧東海道



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