2014.1.30
宿院からチンチン電車に乗ってふた駅、御陵前で降り南宗寺(なんしゅうじ)へ行きました。

宿院駅

電車を降りて少し歩くと瓦塀の上に大きな蘇鉄が見えてきました。
この寺が南宗寺です。

総門「龍興山」と書かれています。脇から中に入っていきます。


南宗寺受付までは少し距離がありそうです。

総門をくぐるとまっすぐ参道が続いています。

総門の裏壁ははげ落ち、時代を感じさせてくれます。

すばらしい瓦塀です。

1647年(正保4年)の建立で、国指定の重要文化財となっている堂々たる甘露門です。

裏から撮った写真


銭を屋号に持つ堺の商人松江宗庵が母徳泉を弔うために、慶安元年(1648年)に創建した「徳泉庵」でここから中へは入れません。

門から見える景色です。手入れが行き届いています。右に「陵泉堂」があり、鳥居も見えます。


鐘楼

海会寺:
宿松山海会寺は臨済宗東福寺派で、堺でも古くから
建てられた寺院のひとつです。
正平6年(1351)、乾峯士曇(かんぽうしどん)が開山で、当時この寺院は、
開口神社の西門前にありました。 非常に大きな寺院で、
塔頭(たっちゅ)も5院をもち、寺領300石であったと伝えられ
ています。 今もこの旧地には金龍水(こんりゅうすい)と呼んでいる
井戸が残っています。
当寺第5世と思われる季弘大叔(きこうだいしゅく)が文明16年(1484)
から同18年にわたる「庶軒日録(しょけんにちろく)」という日記を残しており、
遣明貿易で栄えつつあった当時の堺の姿がわかる
唯一の資料となっています。
その後、荒廃したので古渓宗陳が天正13年(1585)に、
現在の祥雲寺の処に再興をしました。 大坂夏の陣(1615)
で焼失したが、その復興には至らなかったので、南宗寺の
住職であった沢庵宗彭(たくあんそうほう)の助力によって、南宗寺の
寺域に再興されました。
本堂庫裏及び門は重要文化財に指定されています。

大きな緑は蘇鉄でしょうか?

黄色い花はロウバイ。



外から見た南宗寺の仏殿。この中に有名な天井画「八方睨みの龍」があるのです。

天慶院ですが中には入れません。


つづく・・・・ 南宗寺 家康伝説
大阪&堺シリーズ
1.女性専用車両
2.堺市役所からの夕日
3.菅原神社〜千利休屋敷跡