小田急線の傍を歩いていると、小さな開梁を見つけました。走る電車を下から見上げられる場所です。「天王沢開梁2011年10月」と書かれています。新しく建て替えられたところでした。

天王沢開梁の下をくぐって先を見ると、うっそうとした森の中に石段が続いている「牛頭天王神社」の鳥居がありました。誰もいないし薄暗いので危険を避けて先へは進みませんでした。
カメラは補正されて明るく写っています。実際は階段がほとんど見えませんでした。
「牛頭天王」を調べると、下記のように出ていました。
牛頭天王(ごずてんのう)とは、日本の神仏習合における神である。京都東山祇園や播磨国広峰山に鎮座する神であり、蘇民将来説話の武塔天神と同一視された。インドの釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされ、祇園神という祇園信仰の神である。陰陽道では天道神と同一視された。神仏習合では薬師如来の垂迹であるとともに、スサノオの本地とされた。現在の八坂神社にあたる感神院祇園社から勧請されて全国の祇園社、天王社で祀られた

天王沢開梁の上を見上げると青空が広がっていました。電車が来ないかとしばらく待ったのですがなかなか来ないのであきらめて先に進みました。
1号線から別れた道はわずかでした。箱根新道と箱根への道の分かれ目に出ました。

西湘バイパスおよび伊豆そして箱根新道につながる道路の工事中でした。今は工事が完成しています。おかげで、東京・伊豆・箱根からの移動は楽になったようですが、小田原から箱根に行くのには出口で渋滞に会うようになりました。
石畳を模した歩道が新しく造られていました。
湯本手前の切通しから歩道が整備されて来ています。
旧街道は三枚橋を渡って箱根越えになりますが、この日は湯本駅へ行きました。
旧東海道へ入る三枚橋です。
三枚橋の由来:
早川には中洲が2つあり、3本の橋が架けられてい たそうです。小田原側から地獄橋、極楽橋、そして 三昧橋といいました。 三昧橋を渡ると、かっては早雲寺の寺領でした。 早雲寺はここに逃げ込めば、どんな罪人でも救けると言われ、追手も地獄橋までしか追っては来ませんでした。最後の三昧橋は仏三昧の三昧で早雲寺に逃げ込んだ以上、仏三昧にて暮らせという意味です。この3枚の橋と三昧橋が掛け合わさって、三枚橋になったそうです。
山は紅葉が始まっていました。
三枚橋を過ぎてから山側に上がる道がありました。裏道を通り湯本駅の山側へ出られるのではと思い、車を避けて上がって行くと踏切に出、ロマンスカーを間近に見ることが出来ました。 

遮断機も警報も無い踏切で線路の向こうの家に入るための踏切のようでした。
家の裏に道が伸びており、湯本駅の裏側に出そうだと歩いて行くと、突然、ガサガサと音がして、猿が飛び出してきました。びっくりです。「うっそうとしており、この道は何が出てくるかわからない」と思い、安全第一で引き返しました。





歩道沿いには参勤交代の様子が描かれています。
途中から河原に降りて湯本駅を目指しました。

箱根湯本駅から湯本富士屋ホテルへ入るために掛けられた赤い橋です。
橋を渡ると湯本富士屋ホテルに入るエレベータ乗り場に着きます。


湯本駅前は箱根へ向う車や、箱根から帰る車で渋滞し、観光客がその道路を横断し土産物店へ行くので非常に危険で、車の渋滞に拍車をかけているので、駅から陸橋で土産物店へ行くことが出来るよう工事が進んでいました。現在は工事は完了しています。
下図は箱根湯本駅周辺整備計画です。
横断デッキは完成していたので上がってみました。

折角、湯本まで来たので、温泉街への入口部分だけ歩きました。
滝通り入口の河鹿荘
http://www.kajikaso.co.jp/
昭和2年創業、木造3階建ての萬寿福旅館
http://www.hakoneyumoto.com/hotspa/16?g=1

小田急電車に乗って帰ろうと駅へ行くと、上に新しく「箱根カフェ」が出来ていたので寄ることにしました。
電車が見える位置に長いカウンターが設置され、ホームを見下ろすことができます。
カウンター席から見たロマンスカー。
大正8年に開通した箱根登山鉄道の電車モハ1号の模型が飾られていました。

鴨宮駅から湯本駅までの長い一日でした。
つづく・・・・東海道53次 箱根越え
・旧東海道53次小田原宿 NO47-1 小田原城山王曲輪に入る



