2012.2.20
街道筋に建てられていた常夜燈を再現したものです。


伏見というと京都の伏見を思い出しますが、ここも伏見という場所なのです。バスは昼間一時間に一本しか走っていません。

東海道(新宿付近)絵図です。右の方に茶屋、木町、時の鐘、千貫樋等の文字が見えます。
今いる辺りは、新宿付近とあるので三島宿の隣に新しく出来た宿が並ぶ通りだったのでしょう。

さらに進むと、玉井寺と宝池寺に一里塚がありました。東海道の一里塚は当然ながら江戸へ上る側と江戸から下る道側に一対あるのですが、現在は一対として残っている場所は少ないです。
ここには一対の一里塚がのこっていました。

玉井寺の一里塚。



玉井寺の横を走る道路の向こうには富士山が良く見えました。江戸時代にも、両方の一里塚に腰かけて富士山を眺めながら一息ついたことでしょう。
玉池寺
宝池寺の側面です。大きな寺です。
「対面石 八幡神社」という大きな看板名が見えますが対面石とは? 何でしょう?
一の鳥居のずっと奥に本殿があるようです。
八幡神社本殿
1180年、10月平家軍が富士川あたりまで攻めて来た折り、源頼朝は黄瀬川付近に陣取ったのです。奥州から義経が駆け付けて対面したのがこの辺りらしいです。二人は写真の二つの石に座って話をしたと言い伝えられていますが、本当のところはわからないとのことです。
腕時計を見ると既に12時を回っていました。柿田川の湧水を見学して、沼津港でお寿司を食べる予定でしたが、どこで計算を間違えたのか、はるか手前でお昼になってしまいました。
したがって、柿田川の湧水は以前行ったことがあるので今回はPassしました。やはり、沼津港でお寿司を食べたいので、ここから急いで沼津港へ向かうことにしました。
柿田川公園は後日訪問しました。

つづく・・・・東海道53次 NO54 −2 黄瀬川
・旧東海道53次小田原宿 NO47-1 小田原城山王曲輪に入る
・東海道53次 箱根から三島へ 山中城跡
・東海道53次 NO53−2 千貫樋













