2016.4.6
近代日本経済の基礎を作った渋沢栄一は、設立に尽力した王子製紙(設立当時は抄紙会社)の工場を眼下に見守ることができる飛鳥山に、邸を構えました。
飛鳥山には渋沢栄一資料館と国の重要文化財に指定された大正期の2つの建物「晩香廬(ばんこうろ)」と「青淵文庫(せいえんぶんこ)」が、当時のままの姿で残っています。
渋沢栄一資料館には渋沢栄一の活躍を写真パネルと共に展示されていました。
内部は写真撮影禁止でした。玄関の上の細長い窓がある所からのみ撮影は許可されていました。
そこからは飛鳥山の桜を上から見ることができました。
青いものが無いかと探すと、三色ボールペンに青があり、割引で入りました。




見えている建物は青淵文庫。

階段の窓から。

晩香廬(ばんこうろ)の玄関口。
晩香蘆は、渋沢の喜寿を祝して清水組(現清水建設)四代目当主、清水満之助が謹呈した建物です。
栄一はこの建物をこよなく愛し、国内外の政治家や財界人、文化人などを招き、91歳で亡くなるまで民間外交の舞台として使っていました。

庭園側。

庭園の大きな桜の木。



民間外交に使っていた部屋は見学できます。


青淵文庫は渋沢の傘寿と子爵になった事を祝い、渋沢栄一記念財団の前身にあたる竜門社が贈った建物です。
青淵文庫は当初はその名称のように、渋沢が収集した論語の書籍と徳川慶喜の伝記資料を所蔵する予定でしたが、関東大震災でその資料の大半が焼失してしまったため、結果的には晩香廬と同様に来客者の接待場所として使われていたそうです。
青淵(せいえい)とは渋沢の号です。

青淵文庫前の広場

窓はステンドグラスがはめ込まれ、シャンデリアがつりさげられています。

ステンドグラスは、渋沢家の家紋である「丸に違い柏」を題材にして、「壽(ことぶき)」の飾り文字があしらわれています。






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