2018.9.26
鳥栖のアウトレットのそばを走り佐賀城を目指しました。

佐賀城の堀が見えてきました。

佐賀県庁



バスの中から見えた鯱の門

駐車場の前の建物は明治20年に建てられ、佐賀県警察部庁舎として使われていた建物です。
現在は佐賀レトロ館というレストランになっています。

鍋島直正公の銅像です。背後にはNHK佐賀局の電波塔が見えました。


本丸へ入る門に鯱が取り付けられていることから鯱の門と呼ばれています。


門に多くのマウイ穴が空いていましたが、
明治7年に江藤新平が政府の政治に異を唱えて起こした佐賀の乱の時の鉄砲の玉の跡です。

復元された佐賀城本丸御殿です。


復元された本丸御殿平面図です。

復元されたのは御殿の一部だということがわかります。
城というと天守閣を想像しますが、天守閣は殿様が寝泊まりしたり、政務をとることはありません。政務を取る場所が御殿です。御殿は県庁の仕事をする場所と考えれば良いかと思います。

中に入ると一段高いところに受付嬢がいました。

「地平アイこ」と名前がついているアンドロイドが受付嬢として座っていました。
大阪大学、芝浦工業大学等と東芝が共同開発したアンドロイドです。
アンドロイドの名前の由来は下記リンクを御覧ください。
「地平アイこ」の生まれについて
東芝の創業者は佐賀藩の精錬方に招かれた田中久重です。田中久重は佐賀藩時代に日本で初めて蒸気機関車や蒸気船の模型を製作しました。反射炉や大砲の設計もし、佐賀藩の蒸気船製造にも中心人物として加わりました。「東洋のエジソン」とか、からくり人形製作名人で「からくり儀右衛門」と呼ばれたりした人物です。

ボランティアガイドさんの説明を聞きながら見学しました。
御殿から見た天守台です。

帰りに外から見た天守台です。

床下に元あった礎石が見えるようになっています。

鍋島直正像

鍋島直正像があった部屋です。ここで廃藩置県の趣旨を藩士に語ったと思われます。

床の間

まだ発掘調査は続いています。
お殿様の居跡とのことでした。

展示室です。

佐賀藩の軍港三重津海軍所に並ぶ船。

日本で初めて実用化された佐賀藩製造の蒸気船「凌風丸」。

本丸御殿見学時間は30分しかなく残念でした。御殿内を含め城跡をじっくり歩きたかったです。
佐賀城跡
空港へ向かう頃には日が傾いてきていました。

来る時は福岡空港でしたが帰りは佐賀空港です。

佐賀空港は小さな空港でした。

ショップはここだけでした。


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