2019.9.29
クルーズ船のターミナルは秋田中心街から離れており、中心街へ行くには有料シャトルバスか、臨時の貨物線を使った電車に乗ることになります。電車はクルーズターミナルから600mほど歩かねばならず、本数が少なく発車時刻もわからないのでシャトルバスを利用しました。

11時にシャトルバスで秋田市内に向け出発しました。
道の駅セリオンの前を走り30分間でバスの発着場所キャッスルホテルに到着しました。

秋田は2回目で前回行けなかった「ねぶり流し館」と「赤レンガ郷土館(旧秋田銀行本店)」に歩いて行くことにしました。
五能線の旅の出発点秋田を歩いた時のブログは下記です。前回も雨でしたが今回も雨でした。
五能線の旅−1 秋田へ
五能線の旅ー2 久保田城大手門堀
五能線の旅ー3 久保田城内
五能線の旅−4 久保田城御隅櫓
五能線の旅−5 赤レンガ郷土館と川反
五能線の旅−6 秋田駅周辺

広小路商店街のアーケードを歩き「ねぶり流し館」を目指しました。

旭川沿いに植わっている柳の下を一丁目橋まで歩きました。


一丁目橋を渡り対岸へ。


古い町家造りの建物は高堂酒店だったところで現在はクラフトビールを製造しているそうです。

鳥居に福満と掲げられている星辻神社です。

老舗のりんご加工食品店「高砂堂」です。
高砂堂HPでは下記のように歴史を記載されていました。
時は明治、当店の創業者である塚本平蔵は経営していたリンゴ園で出た商品にならないリンゴを活用しようと思案。
リンゴ羹、リンゴジャムなどを開発、商品化し発売しました。
当時、砂糖を使うには国の許可が必要だったため、
明治27年1月、大日本帝国政府より「菓子製造営業免許鑑札」を取得、「高砂堂」を創業いたしました。
現在の店舗は、大正7年(1918年)宮大工 藤本東三郎の手により改築されたもので、
平成7年の保存改修工事を経て当時の面影をそのまま残しています。
平成12年9月26日「国登録有形文化財」に指定されました。

縦長の建物がねぶり流し館です。

ねぶり流しは今は竿燈と呼ばれています。
ねぶり流しは祖先の霊を供養するとともに豊作を願う行事でした。はじめは身についた汚れや悪霊を川に流し夜には提灯を高く掲げ歩くような行事でした。江戸時代後半には子供や若者が沢山提灯をかざして街中を練り歩くようになり、明治14年から竿燈と呼ぶようになりました。

団体客が入ってきて実演が始まりました。
竿燈は手のひらで支えたり、額、肩、腰で支えたりしていました。

竿燈は竹を継ぎ足しながら高く掲げていきました。

額で支えています。

肩で担いで竿をしならせています。

腰に乗せています。目の前で見ると迫力があります。

2階からも竿燈を見ることが出来ました。


木彫り竿燈人形で竿の持ち方、5種類を表現していました。

つづく・・・日本海クルーズ29 秋田・旧金子家住宅
日本海クルーズ1 釜山へ
日本海クルーズ2 釜山の夜
日本海クルーズ3 釜山の港
日本海クルーズ4 釜山の魚市場
日本海クルーズ5 釜山・竜頭公園
日本海クルーズ6 釜山港へ
日本海クルーズ7 セレブリティ・ミレニアムに乗船
日本海クルーズ8 ランチ
日本海クルーズ9 乗船説明会
日本海クルーズ10 ギャレーツアー
日本海クルーズ11 ディナー
日本海クルーズ12 ショータイム
日本海クルーズ13 舞鶴港入港
日本海クルーズ14 舞鶴・赤レンガパークへ
日本海クルーズ15 舞鶴・赤レンガ博物館
日本海クルーズ16 赤レンガ倉庫2,3,4号
日本海クルーズ17 舞鶴・護衛艦が見える丘
日本海クルーズ18 舞鶴・北吸トンネル
日本海クルーズ19 舞鶴・西舞鶴駅
日本海クルーズ20 ディナー&ショー
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日本海クルーズ22 金沢・茶運び人形実演
日本海クルーズ23 金沢・大野地区歩き
日本海クルーズ24 金沢・大野地区糀パークでお昼
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日本海クルーズ26 金沢港出港
日本海クルーズ27 秋田港入港