2021.3.26

品川本陣を出てさらに西へ進みました。
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品川橋は目黒川に掛かる橋で、江戸時代は「境橋」とよばれていました。
北品川と南品川の境に掛かる橋なので境橋と呼ばれました。橋の袂には高札場がありました。
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品川橋
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品川橋は渡らず右に曲がり荏原神社に向かいました。
京浜急行新馬場駅の近くで、東海道は京急線に沿っています。
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赤い橋は荏原神社前の鎮守橋です。
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荏原神社です。七福神の恵比寿さんがいました。
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荏原神社は元明天皇の御代、和銅2年(709年)に、奈良の元官幣大社・丹生川上神社より高神(龍神)を勧請し、長元2年(1029年)9月16日に神明宮、宝治元年(1247年)6月19日に京都八坂神社より牛頭天王を勧請し、古より品川の龍神さまとして、源氏、徳川、上杉等、多くの武家の信仰を受けて現在に至っています。現在の社殿は弘化元年(1844年)のもので、平成20年で164年を迎えました。このように大変由緒ある神社です。 

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鎮守橋の親柱でしょう。
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街道松の広場です。
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浜松から寄贈された東海道・品川宿のシンボルとなっている街道松です。
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明治7年に開校した城南小学校跡です。もとはお寺の境内でした。
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今は幼稚園の敷地になっており、城南小学校は近くの土地に移っています。
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徳川ゆかりの天妙国寺に寄りました。最寄り駅は青物横丁です。
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天妙国寺:日蓮の直弟子の天目上人の創建と伝えられる古刹。徳川歴代将軍が宿舎にしたことで徳川家とのゆかりが深い寺です。家康が1回、秀忠が2回、家光が44回宿泊したと記録されています。
  本堂は18世紀中ごろに再建されたもの 

歌舞伎「与話情浮名横櫛」の主人公「斬られ与三郎」と「お富」の墓があり、ほかにも桃中軒雲右衛門,お祭り佐七,伊藤一刀斎などの墓もあるそうですが案内してくれませんでした 

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本堂は18世紀中ごろに再建されたものです 

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つづく・・・東海道53次 NO.4-3 品川宿3


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