2006.6.13

昼食後、ベルガマ・アクロポリスの丘に登りました。紀元前4世紀ごろのベルガマモン王国の跡で、最盛期は1万人位住んでいただろうと言われています。

アクロポリスといえばギリシャのアクロポリスの丘が有名です。
古代ギリシャでポリスとは都市国家、市民による政体を意味し、高いを意味するのがアクロスです。この二つをくっつけアクロポリスと呼び、「政治をする高い場所」という意味かと思います。
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崩れている城壁です。
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丘の上は結構広かったです。
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アクロポリスの丘からベルガマの街を望みました。
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劇場の一部が見えています。トロイ遺跡より年代が新しいので劇場も大規模だったようです。
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トラヤヌス神殿の一部、現在は柱と回廊が残っているだけです。
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ゼウスの神の祭壇基跡のみが残り、祭壇はベルリンのペルガモン博物館に移転され再現されています。ペルガモン博物館に行った時に石の遺跡がたくさんあり、エジプト等のものを持ってきて再現させたことは解りましたが、見上げる大きさに圧倒されただけで内容がよく分かりませんでした。でも、ここに結びついているのに驚きです。
翌日訪問するエフェソスの遺跡もここと同様ペルガモン博物館に展示されていることでしょう。
もう一度ゆっくりペルガモン博物館を訪ねれば色々なことが理解できそうです。
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この日は「ばら」よりも「キョウチクトウ」の花をよく見ました。日本のキョウチクトウより背が低く、花数も多いので花木として適しています。背が低く花数が多いのは雨が少ないので背が伸びず、子孫を絶やさないために頑張って花を咲かせているのでしょう。
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アザミ
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次に、アクロポリスを見上げる「アスクレピオン」を訪問。ここはローマ時代の医療センターであり医療の神アスクレピオンから名前をとったそうです。一番古い部分はBC400年頃のもので、日本では弥生時代です。
医療センターへの入り口の柱列参道は140mで、アクロポリスの丘に向かっています。
この柱の列をアクロポリスと反対側へ歩くとセンター内へ入ります。紀元前4世紀ごろから医療センターがあり、各種病気の治療研究がなされていたとは驚きです。設備も当時としては最新のものだったのでしょう。大学病院の始まりです。
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柱が残っている所が北の回廊で、その手前の四角いブロックの場所は図書館跡で、数千冊の本があり4500人収容出来たそうです。
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円形劇場です。音楽療法がなされたのでしょうか。
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テレスポレス神殿(治療室)への入り口
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治療室の中は円筒状でこの中に入り眠るそうです。天井には穴が開けられここからやさしい光が入り精神的に安定するということで、一種の精神療法でしょうか。
柱の前に写っているのが現地のガイドのカンさん、
物静かで知識は豊富で日本語は上手、学者のような雰囲気の人でした。
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つづく・・・トルコ旅行−5 イズミールへ

トルコ旅行−1 出発
トルコ旅行−2イスタンブールからチャナッカレ
トルコ旅行ー3 遺跡巡り1トロイの遺跡