2010.3.5
昼食後、金毘羅宮の参道を歩きはじめました。
「本家とらや」と書かれた古い建物は「旅館とうどん店」でした。
「本家とらや」は江戸時代からの三百数十年という老舗の旅館で昭和天皇が泊まり皇室御用達の旅館でしたが昭和30年に旅館を廃城し「そばとうどん」の店になりました。
「とらや」の建物を横目に歩く人々は竹の棒を手にしていますがこの棒は昼食をとった店で無料で貸し出してくれた物です。
「本家とらや」と書かれた古い建物は「旅館とうどん店」でした。
「本家とらや」は江戸時代からの三百数十年という老舗の旅館で昭和天皇が泊まり皇室御用達の旅館でしたが昭和30年に旅館を廃城し「そばとうどん」の店になりました。
「とらや」の建物を横目に歩く人々は竹の棒を手にしていますがこの棒は昼食をとった店で無料で貸し出してくれた物です。

籠屋さんは歩く人に声をかけていましたが乗る人はいないようです。道中、籠に乗った人は見ませんでした。

階段の始まりです。

丸金うちわ
江戸初期に金比羅参詣の土産物として、赤に丸金印のうちわが作られたのが丸亀うちわ始まりといわれています。私が住む南足柄市では丸金は金太郎の腹巻きに書かれています。

本宮まで行くのですがまだまだです。

一之坂鳥居の左の柱に「四海平穏」、右の柱に「世界平和」と書かれていました。四海とは「四方の海」から「世界」を意味する言葉らしいです。


階段が急になってきました。

168段の表示が見えます。全部で785段あるそうですから前途多難です。

大門が見えてきました。土産物店の並びはここまでです。

大門は365段目に立つ門です。二層の入母屋造瓦葺きで1650年に初代高松藩主・松平頼重の寄進です。

金刀比羅宮の総本部となている金刀比羅(ことひら)本教です。



大門の先には商店はなく、五人百姓と呼ばれる飴屋のみが神域で商いを許されています。

つづく・・・
四国の旅−1 金毘羅宮へ