2010.3.5

金毘羅宮の本宮はさらに上で、写真の階段を上り切るとゴールでした。IMG_7658


賢木門(さかきのもん)を通り、さらに階段を上ります。
「賢木門」の由来は戦国時代に遡ります。
戦国時代四国地方を治めていた長宗我部元親が讃岐に侵攻し金比羅山も焼かれました。
その結果、騒乱が起こり神様が怒っているとのことで急いで修復しました。
その際、急ぎすぎて門の柱を一本逆さにつけてしまいました。それで「逆木門」と呼ばれましたが「逆」という字が縁起が悪いと賢しい(さかしい)という字を当てて「賢木門」となったそうです。
その続きがまだあります。
その賢木門の元の柱(逆さに取り付けた柱)は長宗我部元親によって奉納され現在も「宝物殿」で見ることが出来るとのことです。

賢木門をくぐり最後の長い石段を上がりました。写真は下が写っていませんが門なのです。
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一旦止まり見上げてから上りました。
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階段を登りきると金毘羅宮本殿でした。
中央から写真を撮ると礼を失するので斜めから撮りました。
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本殿の側には葵の紋がはいった灯籠がありました。
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本殿は明治11年に改築されたもので、檜皮葺きです。
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 御神木
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高台からの景色です。
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「おむすび山」をたくさん見ることが出来ました。
四国には現在火山はありませんが1400万年前には存在し、おむすび山の中心部は地下のマグマが地表に出る通り道でした。
マグマは固まり安山岩になり、長い年月をかけてマグマの周囲の柔らかい岩(花崗岩)が削られ今の「おむすび山」の形になったと考えられています。

写真をクリックすると拡大しますので拡大して風景をお楽しみ下さい。
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海抜251mからの景色です。
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つづく・・・四国の旅−5 参拝後の帰り道 

四国の旅−1 金毘羅宮へ
四国の旅−2 土産物店が並ぶ金毘羅宮参道
四国の旅−3 大門・書院・旭社へ
四国の旅−4 金毘羅宮本殿へ