2007.11. 4(土)

明治時代の有名人が別荘を建てた小田原の板橋地区を2007年に訪ねたときの記事です。
一回目は家から歩いて大雄山線の駅に行き小田原の八幡山に登ったところまでです。

小田原は温暖な土地で、冬は暖かく夏は涼しく、海も山もあり、お城もあり、温泉も近く、明治大正昭和と多くの文人・知識人が別荘を構えたり、隠居生活を楽しんだりしました。

10時に家を出て、近道になる日影山の祠がある急坂を下り、茶畑に出ました。
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自宅が見える梅畑の横を歩いて大雄山塚原駅へ向かいました。
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人家へ出る手前に一本の「大きな、大きな柿の木」があり、たわわに赤い実をつけていました。こんなに大きな柿の木がこの道にあるのを始めて知りました。南足柄の名木に指定されていました。曇り空であるのが残念でした。
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後日、真っ青な空の日に撮影しました。
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日影と呼ばれる地域を歩いて駅に向かいました。
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塚原駅の手前の信号が赤になり、その前を小田原行きの電車が走り去りました。次の電車が来るまで12分あるので、狩川の橋まで散歩して電車に乗りました。
狩川の橋の上からの撮影で、中央の橋の向こうの白い建物が富士フイルム足柄工場です。
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塚原駅に停まる伊豆箱根鉄道大雄山線
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小田原駅に11時に到着しました。
板橋地区は森の中なのでレストラン等、食事ができる所は無い可能性があるので念のためコンビニでおにぎりを購入しました。
新幹線側の玄関口の「北条早雲公」の銅像前が板橋地区への出発点です。
銅像の傍の木の紅葉が始まっています。
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歩いたルートです。
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新幹線に沿って西に歩き、「八幡曲輪(はちまんくるわ)から、小田原高校への坂(通称100段坂)を登りました。ここは長女が高校時代毎日上り下りした坂道です。当時は狭い古びた石段でしたが、新しく石を敷きなおし幅が広くなっていました。坂の左右は、武家屋敷が並んでいましたが新しい家に変わり家の前に車が通れる道まで出来ている所もありました。ここも古いものがなくなってきている感がありました。
この坂道は、昔「裏大門」と呼ばれ、地名「八幡曲輪」は中堅武家屋敷が並んでいましたが、幕末には八幡山という名に変わっていたと言われています。
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小田原の海も見えました。
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新しくなった小田原高校です。
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小田原高校の上は桜の名所になっています。
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落葉前の桜の紅葉が不思議な色合いでした。
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つづく・・・小田原板橋地区散策−2 松永記念館