2011.11.11
2011年にJR大磯駅から湘南平に登った時の記事です。

登山路は4つあります。往きは坂田山ハイキングコースを、帰りは善兵衛池コースを選びました。

大磯駅から妙大寺に寄り登山道に入りました。

大磯駅前の岩崎家大磯別邸の石垣です。

高級洋菓子店 鴫立亭の前を通り右に曲がりガードをくぐりました。
妙大寺に寄ってみました。



松本順先生と書かれた大きな墓石がありました。
松本順は日本で初めて大磯に海水浴場を開設した人物であり、新撰組の近藤勇の診察をした医者です。
当時の名は良順です。
詳しくは大磯HPをご覧下さい。
https://www.town.oiso.kanagawa.jp/soshiki/kyoiku/shogaigakushu/event/kikaku/h19/1360830030578.html松本順と新選組近藤勇との関係は下記URLです。
https://ameblo.jp/fujisan3216/entry-12139860939.html

大磯の町が一望できました。相模湾と空の境は曇っていてよくわかりませんでした。


住宅街の坂の途中に多くの花が咲いている「楽遊苑」と書かれているスペースを見つけ、中に入って休憩しました。




さらに坂道を進むと高田公園にでました。

大磯港や兜岩、三浦半島、遠くは房総半島まで見ることができる公園のようですが、この日は曇っており見えませでした。

広い原っぱという感じの公園でした。

高田保の墓碑です。かたわらに高田保の碑がありました。

大磯町観光サイトでは下記のように高田保について述べられていました。
高田保は明治28年3月28日茨城県土浦町生まれ。大磯には太平洋戦争が激戦を極めていた昭和18年2月から住み始めました。昭和20年に東京日々新聞に連載された「ブラリひょうたん」では、占領下の政治・経済・社会・文化の百般にわたる風刺的評論執筆が世の好評を得ました。また、昭和24年からは島崎藤村亡き後の町屋園 ( 藤村邸 ) に住み、大磯町の社会教育に力を尽くし教育委員長を務めましたが、昭和27年2月20日午前11時15分行年57才の若さで亡くなりました。葬儀は地福寺で行われました。代表作に『天の岩戸』『馬鹿』等があります。


つづく・・・湘南平に登る−2 雑木林の道


