2008.12.26

熊本空港では、飛行機から降りるとすぐ出口でした。熊本市内へ行くリムジンバスの切符は外の自動販売機で購入するシステムでした。宿泊予定の熊本東急インに近い「バス交通センター」まで670 円
でした。自衛隊、水前寺公園に停まりながらバスは進みました。所要時間40 分のところ渋滞で50 分かかりました。
ホテル到着が15:00 少し前でしたがチェックインOK でした。
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少し休んでホテルを出て新町界隈の散策に出かけました。
ホテルの前に市電の停留所があり、タイミング良く上熊本行きの市電が来ました。
熊本の市電は後ろ乗り前降りです。料金は150 円均一でたいへん乗り易い料金設定でした。
辛島駅より4 つ目の「うるさんまち」まで乗り、そこから「札の辻」へ向かいました。
この頃、心配していた雨が降ってきました。

歩いたルートです。
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「札の辻」は藩令を掲示する高札場があったところで、今は公園になっています。
豊前(ブゼン)街道、豊後街道、薩摩街道、日向街道の起点場所で熊本の玄関といえる場所とのことです。ここから一里、二里、三里になる場所に榎(エノキ)を道の両側に植えて距離が分かるようにしていたそうです。この榎を里数木と呼んでいます。「一里木」、「二里木」、「三里木」という地名がまだ残っています。
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里程元標の説明文
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公園の名前は清爽園でした。
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新町は城下町で立派な料亭が残っていました。明治末の創業で90 年の歴史がある料亭「菊本」でした。
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現在は廃業している菊本です。
https://blog.goo.ne.jp/np4626/e/ceb4b9c9c2ee6725cc6052978c3ea3ed

味噌、醤油を売っている老舗の兵庫屋本店です。
若女将が「ホークス」の大フアンで「川崎宗則選手」「斉藤和巳選手」「和田毅選手」「新垣渚選手」の文字をそれぞれとって、「宗」「和」「渚」という名の3 種類の醤油が売られています。
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「イケメンしょうゆ」というのはイケメンの人にしか売らない醤油だということだそうです。若女将の面接があるそうです。
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薬問屋「吉田松花堂」:創業は江戸末期、文政年間(1840年頃)佐賀・鍋島藩の御典医でシーボルトの弟子だった初代、吉田順碩がシーボルト事件後、熊本に流れてきて毒消丸を創製、発売したのが始まりと言われています。古い大屋敷でした。

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屋敷の玄関口
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戸口が大きく開いているので見学できるのかと思い入ってしまいました。
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入ったところに、古い屏風のようなものがあり、暗くて何が描かれているのかわかりませんでしたがデジカメで撮ると孔雀らしき絵が描かれていました。
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屏風の後ろにふすまがあり、何か描かれているのでシャッターを切ると立派な襖絵が現れました。
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さらに奥に進むと周りの障子は閉まっており、階段があったので二階へ上がりました。
すると、びっくり、蛍光灯スタンドが灯っており、現在使っているベッドが置いてありました。
しまった!人が住んでいるのだ!!慌てて外へ出ました。あぶなく泥棒と間違われるところでした。表札を見ると「吉田順碩」とありました。後で調べると七代目「吉田順碩」ということでした。
まだ、薬を売っているのでしょうか?
店らしき構えは見えませんでした。私が入ったところが店だったのでしょうか?
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吉田松花堂は国の重要文化財に指定され2023年12月に初めて一般公開されました。記事のなかにyoutube映像がはめ込まれています。私が入ったところが見学者の出入り口でした。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20231210/5000020836.html

動貽押
和菓子の店です。
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「文旦漬」や熊本名物「朝鮮飴」を売っていました。

朝鮮飴は安土桃山時代、老舗園田屋の開祖である園田武衛門により造られていました。当初は、長生飴または肥後飴と呼ばれていました。文禄・慶長の役が起きると、肥後国の城主であった加藤清正がこの飴を兵糧目録に入れて朝鮮半島へ出兵し、長期の携行でも風味が損なわれず兵士達の英気を養うのに大いに役立った事から、以後は朝鮮飴と呼ばれるようになったそうです。
ネットで「動貽押廚埜〆するだけで情報が出てきます。
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訪ねた場所
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つづく・・・熊本−8 新町2

熊本−1 水前寺公園
熊本−2 ジェーンズ邸
熊本城−7 本丸御殿
熊本城−8 小天守と宇土櫓
熊本城−9 二の丸広場
熊本城-10 旧細川刑部邸
熊本−3 夏目漱石旧居
熊本−4 藤崎神宮からJR熊本駅
熊本−5 熊本一の繁華街へ 
熊本−6 飛行機内で

熊本城の桜−1 不開門(あかずのもん)へ
熊本城の桜−2 不開門から天守へ
熊本城の桜−3 天守閣から見た桜
熊本城の桜−4 百間石垣満開桜
熊本城の桜−5 監物台樹木園
熊本城の桜−6 二の丸広場を通りホテルへ